711−02 プロジェクトX

001 プロジェクトX
アンコール(7)「執念が生んだ新幹線」〜老友90歳・戦闘機が姿を変えた〜2002.06.18
アンコール(3)「友の死を越えて」〜青函トンネル・24年の大工事〜2002.03.12
アンコール(58)「通勤ラッシュを退治せよ」〜世界初、自動改札機誕生〜2003.04.22
002 プロジェクトX
第90回「男たちの復活戦 デジタルカメラに賭ける」2002.07.02
第33回「町工場、世界へ翔ぶ」〜トランジスタラジオ・営業マンたちの闘い〜2000.12.12
第92回「家電元年 最強営業マン立つ」〜勝負は洗濯機〜2002.07.16
003 プロジェクトX
第95回「運命の最終テスト」〜ワープロ・日本語に挑んだ若者たち〜 2002.09.03
第100回「カーナビ 迷宮を走破せよ」2002.10.22
第101回「突破せよ 最強特許網 新コピー機誕生」2002.11.05
004 プロジェクトX
第93回「救命救急 ER誕生」〜日本初 衝撃の最前線〜2002.07.23
第98回「勝負の警備システム 作動せよ」2002.10.08
アンコール(46)「奇跡の再会劇・大地の子を捜して」2002.09.24
005 プロジェクトX
第27回「日米逆転!コンビニを作った素人たち」2000.10.31
第51回「日本初のマイカー てんとう虫 町をゆく」〜家族たちの自動車革命〜2001.05.08
第9回「海底ロマン!深海6,500Mへの挑戦」〜潜水調査船・世界記録までの25年〜2000.05.23
006 プロジェクトX
第96回「赤いメロン 北の大地の20年戦争」2002.09.10
第99回「運命のゴビ砂漠」〜人生を変えた三百万本のポプラ〜2002.10.15
第103回「魔の山大遭難 決死の救出劇」2002.11.19
007 プロジェクトX
アンコール(49)「救え赤ちゃん 奇跡の指先」〜伝説のパルモア病院〜2003.03.11
アンコール(12)「裕弥1歳 285日の闘い」〜日本初・親から子への肝臓移植〜2002.10.29
第105回「衝撃のペルー 男たちは生き抜いた」〜人質127日間のドラマ〜2003.01.14
008 プロジェクトX
第104回「世界最大の船 火花散る闘い」2003.01.07
第106回「爆発の嵐 スエズ運河を掘れ」2003.01.21
第108回「太平洋1万キロ 決死の海底ケーブル」2003.02.18
009 プロジェクトX
アンコール(22)「海底3000メートルの大捜索」〜H2ロケットエンジンを探せ〜2003.03.04
第109回「海賊襲撃 マラッカ海峡の闘い」2003.04.01
第114回「嵐の海のSOS 運命の舵(かじ)を切れ」2003.05.20
010 プロジェクトX
第107回「執念のテレビ 技術者魂30年の闘い」2003.01.28
第116回「プラズマテレビ 愛の文字から始まった」2003.06.03
第111回「家電革命 トロンの衝撃」2003.04.15
011 プロジェクトX
スペシャル「富士山レーダー 男たちは命をかけた」〜巨大台風から日本を守れ〜2002.03.05
アンコール(21)「東京タワー・恋人たちの戦い」〜世界一のテレビ塔建設・333mの難工事〜2002.01.29
第52回「霞が関ビル 超高層への果てなき闘い」〜地震列島日本の革命技術〜2001.05.15
012 プロジェクトX
第16回「翼はよみがえった」(前編)〜YS-11・日本初の国産旅客機〜2000.07.11
第17回「翼はよみがえった」(後編)〜YS-11・運命の初飛行〜2000.07.18
第124回「運命の滑走」〜日本初 人力飛行機に挑む〜2003.09.16
013 プロジェクトX
アンコール(6)「妻に贈るダイニングキッチン」〜勝負は一坪・住宅革命の秘密〜2003.02.25
第97回「革命トイレ・市場を制す」2002.09.17
第126回「食洗機 100万台への死闘」〜赤字部署の40年〜2003.10.07
014 プロジェクトX
第20回「誕生!人の目を持つ夢のカメラ」〜オートフォーカス・14年目の逆転〜2000.08.29
第122回「復活の日 ロボット犬にかける」2003.07.22
アンコール(48)「液晶 執念の対決」〜瀬戸際のリーダー・大勝負〜2003.07.29
015 プロジェクトX
第39回「男たち不屈のドラマ 瀬戸大橋」〜世紀の難工事に挑む〜2001.02.06
第121回「日本初のハイウエー 勝負は天王山」2003.07.15
第67回「巨大モグラ ドーバーを掘れ」〜地下一筋・男たちは国境を越えた〜2001.09.25
016 プロジェクトX
第13回「パンダが日本にやってきた」〜カンカン重病・知られざる11日間〜2000.06.20
第91回「幸せの鳥トキ 執念の誕生」2002.07.09
第118回「釧路湿原 カムイの鳥 舞え」2003.06.17
017 プロジェクトX
第119回「醤油(しょうゆ) アメリカ市場を開拓せよ」2003.07.01
アンコール(70)「魔法のラーメン 82億食の奇跡」〜カップめん・どん底からの逆転劇〜2003.09.09
第129回「悲願のリンゴ 伝説の職人津軽に立つ」2003.11.04
018 プロジェクトX
第113回「チェルノブイリの傷 奇跡のメス」2003.05.13
アンコール(18)「国境を越えた救出劇」〜大やけどのコンスタンチン君・命のリレー〜2001.12.11
第125回「霧の岬 命の診療所」2003.09.30
019 プロジェクトX
アンコール(71)「謎のマスク 三億円犯人を追え」〜鑑識課指紋係・執念の大捜査〜2003.11.25
アンコール(23)「悪から金を取り戻せ」〜豊田商事事件・中坊公平チームの闘い〜2003.08.19
アンコール(24)「史上最大の回収作戦」〜豊田商事事件・中坊公平チームの闘い〜2003.08.19
020 プロジェクトX
第110回「地図のない国 執念の測量1500日」2003.04.08
第61回「炎のアラビア 一発必中 油をあてろ」2001.07.17
第62回「起死回生 アラビアの友よ」〜巨大油田に挑んだ技術者たち〜2001.07.24
021 プロジェクトX
アンコール(31)「よみがえれ、日本海」〜ナホトカ号重油流出・30万人の奇跡〜2003.12.02
第127回「第九への果てなき道」〜貧乏楽団の逆転劇〜2003.10.14
第131回「湯布院 癒やしの里の百年戦争」2003.11.18
022 プロジェクトX
第112回「ハレー彗星に突入せよ 76年に一度の大勝負」2003.05.06
第115回「衝撃のカミオカンデ 地下1000メートルの闘い」2003.05.27
第19回「宇宙ロマンすばる」〜140億光年・世界一の望遠鏡〜2000.08.22
023 プロジェクトX
アンコール(4)「ガンを探し出せ」〜世界初 胃カメラ開発〜2002.06.04
アンコール(69)レーザー・光のメスで命を救え」〜倒産工場と脳外科医の闘い〜2003.06.24
第81回「決断 命の一滴」〜白血病・日本初の骨髄バンク2002.02.26
024 プロジェクトX
第117回「炎の突撃作戦」〜鉄鋼マン大震災と闘う〜2003.06.10
第133回「100万ボルト送電線 決死の空中戦に挑む」2004.01.13
第134回「日米ブルドーザー対決」2004.01.20
025 プロジェクトX
アンコール(5)「世界を驚かせた一台の車」〜名社長と闘った若手社員たち〜2001.12.04
第137回「われら茨の道を行く」〜国産乗用車・攻防戦〜2004.02.17
第141回「不屈の町工場 走れ魂のバイク」2004.04.13
026 プロジェクトX
第120回「駅伝日本一 運命のタスキをつなげ」2003.07.08
第50回「史上最大の集金作戦 広島カープ」〜市民とナインの熱い日々〜 2001.05.01
第146回「宿命の最強決戦」 2004.06.08
027 プロジェクトX
第138回「命のリレー 出動せよ救急救命士」2004.02.24
第143回「創意は無限なり」〜超音波診断機エコー〜2004.05.11
アンコール(79)「ゆけ チャンピイ 奇跡の犬」〜日本初の盲導犬・愛の物語〜2004.02.10
028 プロジェクトX
第102回「金閣再建 黄金天井に挑む」2002.11.12
第123回「桂離宮 職人魂ここにあり」〜空前の修復作戦〜2003.09.02
第153回「中尊寺金色堂大修理」〜平安の謎に挑む〜2004.09.21
029 プロジェクトX
アンコール(28)「ロータリー47士の闘い」〜夢のエンジン・廃墟からの誕生〜2004.05.25
第151回「ラスト ファイト 名車よ 永遠なれ」2004.09.07
第154回「地上最強のマシーン F1への激闘」2004.10.05
030 プロジェクトX
第154回「地上最強のマシーン F1への激闘」2004.10.05
第155回「列島踏破30万人 執念の住宅地図」2004.10.12
第156回「瞬間冷凍 時間よ止まれ」〜冷凍食品誕生〜2004.10.19
031 プロジェクトX
第135回「撃墜予告 テヘラン発 最終フライトに急げ」2004.01.27
第139回「悲劇のルワンダ 希望の義足」2004.03.30
第157回「アジアハイウェー ジャングルの死闘」2004.10.26
032 プロジェクトX
第148回「新羽田空港 底なし沼に建設せよ」2004.06.29
第159回「横浜ベイブリッジ 港町の復活に懸ける」2004.11.23
第145回「地上240m 世界最速エレベーターに挑む」2004.06.01
033 プロジェクトX
第157回「アジアハイウェー ジャングルの死闘」2004.10.26
第158回「日本技術陣 1億の地雷に挑む」2004.11.09
第159回「横浜ベイブリッジ 港町の復活に懸ける」2004.11.23
034 プロジェクトX
 南極 未踏の大地へ 第1部 
 南極 未踏の大地へ 第2部 
第160回「衝撃のケネディ暗殺 日米衛星中継」2004.11.30
035 プロジェクトX
アンコール(98)「勝負の警備システム 作動せよ」2004.11.02
アンコール(85)「わが友へ 病床からのキックオフ」2004.11.16
アンコール(76)「王が眠る 神秘の遺跡」2004.12.07
036 プロジェクトX
第94回「料理人たち 炎の東京オリンピック」2002.08.27
第149回「さぬきうどん 至高のうまさとは」2004.07.06
第156回「瞬間冷凍 時間よ止まれ」〜冷凍食品誕生〜2004.10.19
037 プロジェクトX
第140回「100万座席への苦闘」〜みどりの窓口・世界初 鉄道システム〜2004.04.06
第147回「列車炎上 救出せよ 北陸トンネル火災」2004.06.15
第161回「鉄道分断 突貫作戦 奇跡の74日間」2005.01.11
038 プロジェクトX
第162回「魔法の糸に懸ける」2005.01.18
第163回「町工場 復活のヘリコプター」2005.02.01
第164回「地下鉄サリン 救急医療チーム 最後の決断」2005.02.08
039 プロジェクトX
第165回「そして街中に音楽が飛び出した」2005.02.15
第166回「激走せよパリダカ 日の丸トラックVSモンスター」2005.02.22
第167回「千年の秘技・たたら製鉄 復活への炎」2005.03.29
040 プロジェクトX
第152回「革命ビデオカメラ・至難の小型化総力戦」2004.09.14
アンコール(83)「国産コンピューター ゼロからの大逆転」〜日本技術界 伝説のドラマ〜2004.03.02
第169回「ブランドミシン誕生 流転の技術者立つ」2005.04.12
041 プロジェクトX
アンコール(103)「魔の山大遭難 決死の救出劇」2005.01.25
特選プロジェクトX(3)「青函トンネル 友の死を越えて」2005.03.01
アンコール(106)「爆発の嵐 スエズ運河を掘れ」2005.04.26
042 プロジェクトX
第168回「首都高速 東京五輪への空中作戦」2005.04.05
第170回「焼け跡の家族工場 世界へ」〜ハイテク印刷機に挑む〜2005.04.19
第171回「ファイト!町工場に捧げる日本一の歌」2005.05.10
043 プロジェクトX
第172回「東洋一の巨大ホテル 不夜城作戦に挑む」2005.05.17
第173回「命の離島へ・母たちの果てなき戦い」〜沖縄・公衆衛生看護婦〜2005.05.24
第174回「名古屋城再建 金のシャチホコに託す」2005.06.14
044 プロジェクトX
特選プロジェクトX(86)「制覇せよ 世界最高峰レース」2005.07.26
特選プロジェクトX(104)「世界最大の船 火花散る闘い」2005.08.02
特選プロジェクトX(137)「われら茨(いばら)の道を行く」〜国産乗用車・攻防戦〜2005.08.23
045 プロジェクトX
第175回「炎なき台所革命」〜IHに懸けた30年〜2005.06.21
第176回「海のダイヤ・世界初クロマグロ完全養殖」2005.07.05
第177回「回避せよ 東京湾炎上」〜初の海上交通システムに挑む〜2005.09.06
046 プロジェクトX
アンコール(118)「釧路湿原 カムイの鳥 舞え」2005.05.31
アンコール(110)「地図のない国 執念の測量1500日」2005.06.28
特選プロジェクトX(141)「不屈の町工場 走れ魂のバイク」2005.09.27
047 プロジェクトX
第179回シリーズ黒四ダム(1)「秘境へのトンネル 地底の戦士たち」2005.10.11
第180回シリーズ黒四ダム(2)「絶壁に立つ 巨大ダム1千万人の激闘」2005.10.18
   
048 プロジェクトX
第130回「幻の絵巻復元 ニューヨークの激闘」2003.11.11
第68回「リヒテルが愛した執念のピアノ」2001.10.02
第144回「南大門仁王像 大修理」〜運慶に挑んだ30人〜2004.05.18
049 プロジェクトX
アンコール(10)「史上最大の脱出作戦 13時間のドラマ」〜三原山大噴火・緊急チームの闘い〜2002.05.14
アンコール(66)「絶体絶命 650人決死の脱出劇」〜土石流と闘った8時間〜2003.08.26
第128回「大阪万博 史上最大の警備作戦」2003.10.28
050 プロジェクトX
第136回「海の革命エンジン 嵐の出漁」2004.02.03
第142回「毛利飛行士 衝撃の危機脱出」〜技術者たちの総力戦〜2004.04.20
アンコール(108)「太平洋1万キロ 決死の海底ケーブル」2005.06.07
051 プロジェクトX
アンコール(43)「えりも岬に春を呼べ」〜荒れ地を森に・北の家族の半世紀〜2003.12.09
アンコール(73)「8ミリの悪魔 VS 特命班」〜最強の害虫・野菜が危ない〜2003.09.23
第150回「中央突破・疾走せよ不屈の雑草馬」2004.07.13
052 プロジェクトX
 特集 新・リーダーたちの言葉〜ゼロからの出発〜2004.07.27
 特集 新・リーダーたちの言葉〜ひたむきに生きる〜2004.08.03
   
053 プロジェクトX
第54回「腕と度胸のトラック便」〜翌日宅配・物流革命が始まった〜2001.05.29
第80回「突風平野 風車よ闘え!」〜執念がエネルギーを生んだ〜2002.02.19
アンコール(76)「王が眠る 神秘の遺跡」2004.12.07
054 プロジェクトX
アンコール(16)「YS11・日本の翼復活 五人のサムライ立つ」2005.07.12
アンコール(17)「YS11・若きリーダー 運命の最終章へ」2005.07.19
特選プロジェクトX(151)「ラストファイト 名車よ永遠なれ」2005.11.22
055 プロジェクトX
第181回「執念のICカード 16年目の逆転劇」2005.11.01
第184回「太陽に懸けろ」〜住宅エネルギー革命〜2005.11.29
第186回「技術者魂 永遠(とわ)に」〜新ロータリーエンジン・革命車に挑む〜2005.12.13
056 プロジェクトX
第182回「悲願の関越トンネル 一発発破に懸ける」2005.11.08
第183回「旭山動物園 ペンギン翔ぶ」〜閉園からの復活〜2005.11.15
第185回「ベルサイユのばら 愛の逆転劇」〜宝塚復活〜2005.12.06
057 プロジェクトX
第178回「北のワイン 故郷再生への大勝負」〜十勝・池田町〜2005.09.13
特選プロジェクトX(46)「宿命の最強決戦」〜柔道金メダル・師弟の絆(きずな)〜2005.10.25
特選プロジェクトX(129)「悲願のリンゴ 伝説の職人津軽に立つ」2005.08.30
058 プロジェクトX
第187回プロジェクトX最終回スペシャル 「地上の星たちへ」2005.12.28
   
   
放映リスト
第1回「巨大台風から日本を守れ」〜富士山頂・男たちは命をかけた〜2000.03.28→71211
第2回「窓際族が世界規格を作った」〜VHS・執念の逆転劇〜2000.04.04
第3回「友の死を越えて」〜青函トンネル・24年の大工事〜2000.04.11→71201
第4回「ガンを探し出せ」〜完全国産・胃カメラ開発2000.04.18→71223
第5回「世界を驚かせた一台の車」〜名社長と闘った若手社員たち〜2000.04.25
第6回「妻へ贈ったダイニングキッチン」〜勝負は一坪・住宅革命の秘密〜2000.05.02→71213
第7回「執念が生んだ新幹線」〜老友90歳・戦闘機が姿を変えた〜2000.05.09→71201
第8回「カール・ルイスの魔法の靴」〜超軽量シューズ・若手社員の闘い2000.05.16
第9回「海底ロマン!深海6,500Mへの挑戦」〜潜水調査船・世界記録までの25年〜2000.05.23→71205
第10回「全島一万人 史上最大の脱出作戦」〜三原山噴火・13時間のドラマ2000.05.30
第11回「美空ひばり 復活コンサート」〜伝説の東京ドーム・舞台裏の300人〜2000.06.06
第12回「裕弥ちゃん1歳 輝け命」〜日本初・親から子への肝臓移植〜2000.06.13→71207
第13回「パンダが日本にやってきた」〜カンカン重病・知られざる11日間〜2000.06.20→71216
第14回「厳冬 黒四ダムに挑む」〜断崖絶壁の輸送作戦〜2000.06.27
第15回「海のかなたの甲子園」〜熱血教師たち・沖縄野球 涙の初勝利〜2000.07.04
第16回「翼はよみがえった」(前編)〜YS-11・日本初の国産旅客機〜2000.07.11→71212
第17回「翼はよみがえった」(後編)〜YS-11・運命の初飛行〜2000.07.18→71212
第18回「国境を越えた救出劇」〜大やけどのコンスタンチン君・命のリレー〜2000.07.25→71218
第19回「宇宙ロマンすばる」〜140億光年・世界一の望遠鏡〜2000.08.22→71222
第20回「誕生!人の目を持つ夢のカメラ」〜オートフォーカス・14年目の逆転〜2000.08.29→71214
第21回「東京タワー・恋人たちの戦い」〜世界一のテレビ塔建設・333mの難工事〜2000.09.05
第22回「海底3000メートルの大捜索」〜H2ロケットエンジンを探せ〜2000.09.12→71209
第23回「悪から金を取り戻せ」〜豊田商事事件・中坊公平チームの闘い〜2000.10.03→71219
第24回「史上最大の回収作戦」〜豊田商事事件・中坊公平チームの闘い〜2000.10.10→71219
第25回「幻の金堂・ゼロからの挑戦」〜薬師寺・鬼の名工と若者たち〜2000.10.17
第26回「うまいコメが食べたい」〜コシヒカリ・ブランド米の伝説〜2000.10.24
第27回「日米逆転!コンビニを作った素人たち」2000.10.31→71205
第28回「ロータリー47士の闘い」〜夢のエンジン・廃墟からの誕生〜2000.11.07
第29回「ルマンを制覇せよ」〜ロータリーエンジン・奇跡の逆転劇〜2000.11.14
第30回「ツッパリ生徒と泣き虫先生」〜伏見工業ラグビー部・日本一への挑戦〜2000.11.21
第31回「よみがえれ、日本海」〜ナホトカ号重油流出・30万人の奇跡〜2000.11.28→71221
第32回「伝説の深き森を守れ」〜世界遺産・屋久杉の島〜2000.12.05
第33回「町工場、世界へ翔ぶ」〜トランジスタラジオ・営業マンたちの闘い〜2000.12.12→71202
第34回「女たちの10年戦争」〜「男女雇用機会均等法」誕生〜2000.12.19
第35回「エベレストへ熱き1400日」〜日本女子登山隊の闘い〜2001.01.09
第36回「奇跡の心臓手術に挑む」〜天才外科医の秘めた決意〜2001.01.16
第37回「ゴジラ誕生」〜特撮に賭けた80人の若者たち〜2001.01.23
第38回「女子ソフト銀 知られざる日々」〜不屈の闘い・リストラからの再起〜2001.01.30
第39回「男たち不屈のドラマ 瀬戸大橋」〜世紀の難工事に挑む〜2001.02.06→71215
第40回2回シリーズ(前編)「運命の船『宗谷』発進」〜南極観測・日本人が集結した880日〜2001.02.13
第41回2回シリーズ(後編)「極寒・南極越冬隊の奇跡」〜南極観測・11人の男たち〜2001.02.20
第42回「倒産からの逆転劇 電気釜(でんきがま)」〜町工場一家の総力戦〜2001.02.27
第43回「えりも岬に春を呼べ」〜砂漠を森に・北の家族の半世紀〜2001.03.06
第44回「戦場にかける橋」〜カンボジア・技術者と兵士の闘い〜2001.03.13
第45回「嵐(あらし)の海上輸送作戦」〜戦場にかけろ 日本橋〜2001.03.20
アンコール「窓際族が世界規格を作った」〜VHS・執念の逆転劇〜2001.03.27
第46回「大地の子、日本へ」〜中国残留孤児・35年目の再会劇〜2001.04.03→71204
第47回「大地の子、祖国に立つ」〜中国残留孤児・葛藤(かっとう)する家族〜2001.04.10
第48回「液晶 執念の対決」〜瀬戸際のリーダー・大勝負〜2001.04.17→71214
第49回「耳を澄ませ 赤ちゃんの声」〜伝説のパルモア病院誕生〜2001.04.24→71207
第50回「史上最大の集金作戦 広島カープ」〜市民とナインの熱い日々〜2001.05.01
第51回「日本初のマイカー てんとう虫 町をゆく」〜家族たちの自動車革命〜2001.05.08→71205
第52回「霞が関ビル 超高層への果てなき闘い」〜地震列島日本の革命技術〜2001.05.15→71211
第53回「炎上 男たちは飛び込んだ」〜ホテルニュージャパン・伝説の消防士たち〜2001.05.22
第54回「腕と度胸のトラック便」〜翌日宅配・物流革命が始まった〜2001.05.29
第55回「激闘 男たちのH-IIロケット」〜純国産・屈辱からの復活戦〜前編2001.06.05
第56回「男たちのH-IIロケット 天空へ」2001.06.12
第57回「父と息子 執念燃ゆ 大辞典」〜30年・空前の言葉探し〜2001.06.19
第58回「通勤ラッシュを退治せよ」〜世界初、自動改札機誕生〜2001.06.26→71201
第59回「兄弟10人 海の革命劇」〜魚群探知機・ドンビリ船の奇跡〜2001.07.03
第60回「白神山地 マタギの森の総力戦」2001.07.10
第61回「炎のアラビア 一発必中 油をあてろ」2001.07.17→71220
第62回「起死回生 アラビアの友よ」〜巨大油田に挑んだ技術者たち〜2001.07.24→71220
アンコール「第30回 ツッパリ生徒と泣き虫先生」〜伏見工業ラグビー部・日本一への挑戦〜2001.07.31
夏期特集「リーダーたちの言葉」2001.08.21
第63回「鉄の男たち 逆境からの日本一」〜伝説の釜石ラグビー部〜2001.08.28
第64回「逆転 田舎工場 世界を制す」〜クオーツ・革命の腕時計〜2001.09.04
第65回「白鷺(しらさぎ)舞え 空前の解体工事」〜姫路城・定年前の大仕事〜2001.09.11
第66回「絶体絶命 650人決死の脱出劇」〜土石流と闘った8時間〜2001.09.18
第67回「巨大モグラ ドーバーを掘れ」〜地下一筋・男たちは国境を越えた〜2001.09.25→71215
第68回「リヒテルが愛した執念のピアノ」2001.10.02
第69回「レーザー・光のメスで命を救え」〜倒産工場と脳外科医の闘い〜2001.10.09→71223
第70回「魔法のラーメン 82億食の奇跡」〜カップめん・どん底からの逆転劇〜2001.10.16→71217
アンコール「第53回 炎上 男たちは飛び込んだ」〜ホテルニュージャパン・伝説の消防士たち〜2001.10.23
第71回「謎のマスク 三億円犯人を追え」〜鑑識課指紋係・執念の大捜査〜2001.10.30→71219
第72回「通天閣 熱き7人」〜商店主と塔博士の挑戦〜2001.11.06
第73回「8ミリの悪魔 VS 特命班」〜最強の敵・野菜が危ない〜2001.11.13
第74回「アンコールワットに誓う師弟の絆(きずな)」2001.11.20
アンコール「第5回 世界を驚かせた一台の車」〜名社長と闘った若手社員たち〜2001.12.04
アンコール「国境を越えた救出劇」〜大やけどのコンスタンチン君・命のリレー〜2001.12.11→71218
第75回「あさま山荘 衝撃の鉄球作戦」2002.01.08
第76回「王が眠る 神秘の遺跡」〜父と息子・執念の吉野ヶ里〜2002.01.15
第77回「医師たちは走った」〜医療革命 集団検診〜2002.01.22
アンコール「東京タワー・恋人たちの戦い」〜世界一のテレビ塔建設・333mの難工事〜2002.01.29→71211
第78回「炎を見ろ 赤き城の伝説」〜首里城・執念の親子瓦(がわら)〜2002.02.05
第79回「ゆけ チャンピイ 奇跡の犬」〜日本初の盲導犬・愛の物語〜2002.02.12
第80回「突風平野 風車よ闘え!」〜執念がエネルギーを生んだ〜2002.02.19
第81回「決断 命の一滴」〜白血病・日本初の骨髄バンク2002.02.26→71223
スペシャル「富士山レーダー 男たちは命をかけた」〜巨大台風から日本を守れ〜2002.03.05→71211
アンコール「青函トンネル 友の死を越えて」〜24年の大工事〜2002.03.12→71201
第82回「決戦 人類最強の敵」〜日本人リーダー 天然痘と闘う〜2002.04.02
第83回「国産コンピューター ゼロからの大逆転」〜日本技術界 伝説のドラマ〜2002.04.09
第84回「運命のZ計画」〜世界一売れたスポーツカー伝説〜2002.04.16
第85回「わが友へ 病床からのキックオフ」〜Jリーグ誕生 知られざるドラマ〜2002.04.23
第86回「制覇せよ 世界最高峰レース」〜マン島・オートバイにかけた若者たち〜2002.05.07
アンコール「史上最大の脱出作戦 13時間のドラマ」〜三原山大噴火・緊急チームの闘い〜2002.05.14
第87回「東京ドーム 奇跡のエアー作戦」2002.05.21
第88回「命の水 暴れ川を制圧せよ」〜日本最大 愛知用水・13年のドラマ〜2002.05.28
アンコール「ガンを探し出せ」〜世界初 胃カメラ開発〜2002.06.04→71223
第89回「桜ロード 巨木輸送作戦」2002.06.11
アンコール「新幹線 執念の弾丸列車」2002.06.18→71201
アンコール「黒四ダム 断崖絶壁の難工事」2002.06.25
第90回「男たちの復活戦 デジタルカメラに賭ける」2002.07.02→71202
第91回「幸せの鳥トキ 執念の誕生」2002.07.09→71216
第92回「家電元年 最強営業マン立つ」〜勝負は洗濯機〜2002.07.16→71202
第93回「救命救急 ER誕生」〜日本初 衝撃の最前線〜2002.07.23→71204
アンコール「町工場 世界へ翔(と)ぶ」〜トランジスタラジオ・営業マンの闘い〜2002.07.30
 特集 プロジェクトXの旅「日本人 魂の地へ」〜第1部・北へ〜 〜第2部・西へ〜2002.08.20
第94回「料理人たち 炎の東京オリンピック」2002.08.27
第95回「運命の最終テスト」〜ワープロ・日本語に挑んだ若者たち〜 2002.09.03→71203
第96回「赤いメロン 北の大地の20年戦争」2002.09.10→71206
第97回「革命トイレ・市場を制す」2002.09.17→71213
アンコール「奇跡の再会劇・大地の子を捜して」2002.09.24→71204
第98回「勝負の警備システム 作動せよ」2002.10.08→71204
第99回「運命のゴビ砂漠」〜人生を変えた三百万本のポプラ〜2002.10.15→71206
第100回「カーナビ 迷宮を走破せよ」2002.10.22→71203
アンコール「裕弥1歳 285日の闘い」〜日本初・親から子への肝臓移植〜2002.10.29
第101回「突破せよ 最強特許網 新コピー機誕生」2002.11.05→71203
第102回「金閣再建 黄金天井に挑む」2002.11.12
第103回「魔の山大遭難 決死の救出劇」2002.11.19→71206
アンコール「日米逆転!コンビニを作った素人たち」2002.12.03
アンコール「日本初のマイカー てんとう虫 町をゆく」2002.12.10
アンコール「海底ロマン!深海6,500Mへの挑戦」2002.12.17
アンコール「あさま山荘 衝撃の鉄球作戦」2002.12.28
第104回「世界最大の船 火花散る闘い」2003.01.07→71208
第105回「衝撃のペルー 男たちは生き抜いた」〜人質127日間のドラマ〜2003.01.14→71207
第106回「爆発の嵐 スエズ運河を掘れ」2003.01.21→71208
第107回「執念のテレビ 技術者魂30年の闘い」2003.01.28→71210
第108回「太平洋1万キロ 決死の海底ケーブル」2003.02.18→71208
アンコール「妻に贈るダイニングキッチン」〜勝負は一坪・住宅革命の秘密〜2003.02.25→71213
アンコール「海底3000メートルの大捜索」〜H2ロケットエンジンを探せ〜2003.03.04→71209
アンコール「救え赤ちゃん 奇跡の指先」〜伝説のパルモア病院〜2003.03.11→71207
第109回「海賊襲撃 マラッカ海峡の闘い」2003.04.01→71209
第110回「地図のない国 執念の測量1500日」2003.04.08→71220
第111回「家電革命 トロンの衝撃」2003.04.15→71210
アンコール「通勤ラッシュを退治せよ」〜世界初 自動改札機誕生〜2003.04.22→71201
第112回「ハレー彗星に突入せよ 76年に一度の大勝負」2003.05.06→71222
第113回「チェルノブイリの傷 奇跡のメス」2003.05.13→71218
第114回「嵐の海のSOS 運命の舵(かじ)を切れ」2003.05.20→71209
第115回「衝撃のカミオカンデ 地下1000メートルの闘い」2003.05.27→71222
第116回「プラズマテレビ 愛の文字から始まった」2003.06.03→71210
第117回「炎の突撃作戦」〜鉄鋼マン大震災と闘う〜2003.06.10→71224
第118回「釧路湿原 カムイの鳥 舞え」2003.06.17→71216
アンコール「レーザー・光のメスで命を救え」〜倒産工場と脳外科医の闘い〜2003.06.24→71223
第119回「醤油(しょうゆ) アメリカ市場を開拓せよ」2003.07.01→71217
第120回「駅伝日本一 運命のタスキをつなげ」2003.07.08
第121回「日本初のハイウエー 勝負は天王山」2003.07.15→71215
第122回「復活の日 ロボット犬にかける」2003.07.22→71214
アンコール「液晶 執念の対決」〜瀬戸際のリーダー・大勝負〜2003.07.29→71214
アンコール「豊田商事事件 史上最大の回収作戦 前編 後編」2003.08.19→71219
アンコール「絶体絶命 650人決死の脱出劇」〜土石流と闘った8時間〜2003.08.26
第123回「桂離宮 職人魂ここにあり」〜空前の修復作戦〜2003.09.02
アンコール「魔法のラーメン 82億食の奇跡」〜カップめん・どん底からの逆転劇〜2003.09.09→71217
第124回「運命の滑走」〜日本初 人力飛行機に挑む〜2003.09.16→71212
アンコール「8ミリの悪魔 VS 特命班」〜最強の害虫・野菜が危ない〜2003.09.23
第125回「霧の岬 命の診療所」2003.09.30→71218
第126回「食洗機 100万台への死闘」〜赤字部署の40年〜2003.10.07→71213
第127回「第九への果てなき道」〜貧乏楽団の逆転劇〜2003.10.14→71221
アンコール「男たち不屈のドラマ 瀬戸大橋」〜世紀の難工事に挑む〜2003.10.21
第128回「大阪万博 史上最大の警備作戦」2003.10.28
第129回「悲願のリンゴ 伝説の職人津軽に立つ」2003.11.04→71217
第130回「幻の絵巻復元 ニューヨークの激闘」2003.11.11
第131回「湯布院 癒やしの里の百年戦争」2003.11.18→71221
アンコール「謎(なぞ)のマスク 三億円犯人を追え」〜鑑識課指紋係・執念の大捜査〜2003.11.25→71219
アンコール「ナホトカ号重油流出 日本海30万人の闘い」2003.12.02→71221
アンコール「えりも岬に春を呼べ」〜荒れ地を森に・北の家族の半世紀〜2003.12.09
第132回正月スペシャル 「南極 未踏の大地へ 日本人が燃えた880日」2004.01.06
第133回「100万ボルト送電線 決死の空中戦に挑む」2004.01.13→71224
第134回「日米ブルドーザー対決」2004.01.20→71224
第135回「撃墜予告 テヘラン発 最終フライトに急げ」2004.01.27
第136回「海の革命エンジン 嵐の出漁」2004.02.03
アンコール「ゆけ チャンピイ 奇跡の犬」〜日本初の盲導犬・愛の物語〜2004.02.10
第137回「われら茨(いばら)の道を行く」〜国産乗用車・攻防戦〜2004.02.17
第138回「命のリレー 出動せよ救急救命士」2004.02.24
アンコール「国産コンピューター ゼロからの大逆転」〜日本技術界 伝説のドラマ〜2004.03.02
アンコール「決断 命の一滴」〜白血病・日本初の骨髄バンク〜2004.03.09
第139回「悲劇のルワンダ 希望の義足」2004.03.30
第140回「100万座席への苦闘」〜みどりの窓口・世界初 鉄道システム〜2004.04.06
第141回「不屈の町工場 走れ魂のバイク」2004.04.13
第142回「毛利飛行士 衝撃の危機脱出」〜技術者たちの総力戦〜2004.04.20
アンコール「執念のピアノ 天才リヒテルに挑む」2004.04.27
第143回「創意は無限なり」〜超音波診断機エコー〜2004.05.11
第144回「南大門仁王像 大修理」〜運慶に挑んだ30人〜2004.05.18
アンコール「ロータリー47士の闘い」〜夢のエンジン・廃墟からの誕生〜2004.05.25
第145回「地上240m 世界最速エレベーターに挑む」2004.06.01
第146回「宿命の最強決戦」2004.06.08
第147回「列車炎上 救出せよ 北陸トンネル火災」2004.06.15
アンコール「男たちの復活戦 デジタルカメラに賭ける」2004.06.22
第148回「新羽田空港 底なし沼に建設せよ」2004.06.29
第149回「さぬきうどん 至高のうまさとは」2004.07.06
第150回「中央突破・疾走せよ不屈の雑草馬」2004.07.13
 特集 新・リーダーたちの言葉2004.07.27
 特集 新・リーダーたちの言葉2004.08.03
アンコール「家電元年 最強営業マン立つ」2004.08.17
アンコール「運命の最終テスト」2004.08.31
第151回「ラスト ファイト 名車よ 永遠なれ」2004.09.07
第152回「革命ビデオカメラ・至難の小型化総力戦」2004.09.14
第153回「中尊寺金色堂大修理」〜平安の謎に挑む〜2004.09.21
アンコール「革命トイレ・市場を制す」2004.09.28
第154回「地上最強のマシーン F1への激闘」2004.10.05
第155回「列島踏破30万人 執念の住宅地図」2004.10.12
第156回「瞬間冷凍 時間よ止まれ」〜冷凍食品誕生〜2004.10.19
第157回「アジアハイウェー ジャングルの死闘」2004.10.26
アンコール「勝負の警備システム 作動せよ」2004.11.02
第158回「日本技術陣 1億の地雷に挑む」2004.11.09
アンコール「わが友へ 病床からのキックオフ」2004.11.16
第159回「横浜ベイブリッジ 港町の復活に懸ける」2004.11.23
第160回「衝撃のケネディ暗殺 日米衛星中継」2004.11.30
アンコール「王が眠る 神秘の遺跡」2004.12.07
アンコール「炎の料理人立つ」2004.12.14
第161回「鉄道分断 突貫作戦 奇跡の74日間」2005.01.11
第162回「魔法の糸に懸ける」2005.01.18
アンコール「魔の山大遭難 決死の救出劇」2005.01.25
第163回「町工場 復活のヘリコプター」2005.02.01
第164回「地下鉄サリン 救急医療チーム 最後の決断」2005.02.08
第165回「そして街中に音楽が飛び出した」2005.02.15
第166回「激走せよパリダカ 日の丸トラックVSモンスター」2005.02.22
特選プロジェクトX「青函トンネル 友の死を越えて」2005.03.01
特選プロジェクトX「ツッパリ生徒と泣き虫先生」2005.03.08
第167回「千年の秘技・たたら製鉄 復活への炎」2005.03.29
第168回「首都高速 東京五輪への空中作戦」2005.04.05
第169回「ブランドミシン誕生 流転の技術者立つ」2005.04.12
第170回「焼け跡の家族工場 世界へ」〜ハイテク印刷機に挑む〜2005.04.19
アンコール「爆発の嵐 スエズ運河を掘れ」2005.04.26
第171回「ファイト!町工場に捧げる日本一の歌」2005.05.10
第172回「東洋一の巨大ホテル 不夜城作戦に挑む」2005.05.17
第173回「命の離島へ・母たちの果てなき戦い」〜沖縄・公衆衛生看護婦〜2005.05.24
アンコール「釧路湿原 カムイの鳥 舞え」2005.05.31
アンコール「太平洋1万キロ 決死の海底ケーブル」2005.06.07
第174回「名古屋城再建 金のシャチホコに託す」2005.06.14
第175回「炎なき台所革命」〜IHに懸けた30年〜2005.06.21
アンコール「地図のない国 執念の測量1500日」2005.06.28
第176回「海のダイヤ・世界初クロマグロ完全養殖」2005.07.05
アンコール「YS11・日本の翼復活 五人のサムライ立つ」2005.07.12
アンコール「YS11・若きリーダー 運命の最終章へ」2005.07.19
特選プロジェクトX「制覇せよ 世界最高峰レース」2005.07.26
特選プロジェクトX「世界最大の船 火花散る闘い」2005.08.02
特選プロジェクトX「われら茨(いばら)の道を行く」〜国産乗用車・攻防戦〜2005.08.23
特選プロジェクトX「悲願のリンゴ 伝説の職人津軽に立つ」2005.08.30
第177回「回避せよ 東京湾炎上」〜初の海上交通システムに挑む〜2005.09.06
第178回「北のワイン 故郷再生への大勝負」〜十勝・池田町〜2005.09.13
特選プロジェクトX「不屈の町工場 走れ魂のバイク」2005.09.27
第179回シリーズ黒四ダム(1)「秘境へのトンネル 地底の戦士たち」2005.10.11
第180回シリーズ黒四ダム(2)「絶壁に立つ 巨大ダム1千万人の激闘」2005.10.18
特選プロジェクトX「宿命の最強決戦」〜柔道金メダル・師弟の絆(きずな)〜2005.10.25
第181回「執念のICカード 16年目の逆転劇」2005.11.01
第182回「悲願の関越トンネル 一発発破に懸ける」2005.11.08
第183回「旭山動物園 ペンギン翔ぶ」〜閉園からの復活〜2005.11.15
特選プロジェクトX「ラストファイト 名車よ永遠なれ」2005.11.22
第184回「太陽に懸けろ」〜住宅エネルギー革命〜2005.11.29
第185回「ベルサイユのばら 愛の逆転劇」〜宝塚復活〜2005.12.06
第186回「技術者魂 永遠(とわ)に」〜新ロータリーエンジン・革命車に挑む〜2005.12.13
第187回プロジェクトX最終回スペシャル 「地上の星たちへ」2005.12.28
02786  プロジェクトX                                          βU  HF  HB          Time     min
        A      窓際族が世界規格を作った  〜VHS・執念の逆転劇〜
        B      世界を驚かせた一台の車  〜名社長と闘った若手社員たち〜
        C      海底ロマン!深海6500mへの挑戦  〜潜水船・世界記録までの25年〜
        D      厳冬・黒四ダムに挑む  〜断崖絶壁の輸送作戦〜
                  DATA  デッキ・・・・・  SONY      SL−2100
                            テープ・・・・・  SONY      L−750/MAC
                            放  送・・・・・  平成12年  4月  4日  NHK(A)
                                                              25日        (B)
                                                          5月23日        (C)
                                                          6月27日        (D)
                            録  画・・・・・  放送日に同じ
                            ダビング・・・・  放送日に準ずる
02787  プロジェクトX                                          βU  HF  HB          Time     min
        A      翼はよみがえった〜YS−11・日本初の国産旅客機〜  前編
        B      翼はよみがえった〜YS−11・日本初の国産旅客機〜  後編
        C      夏スペシャル  人の上に立つということ
        D      夏スペシャル  若き技術者の誇りとは
                  DATA  デッキ・・・・・  SONY      SL−2100
                            テープ・・・・・  SONY      L−750/MAC
                            放  送・・・・・  平成12年  7月11日  NHK(A)
                                                              18日        (B)
                                                          8月  1日        (C)
                                                                8日        (D)
                            録  画・・・・・  放送日に同じ
                            ダビング・・・・  放送日に準ずる
02788  プロジェクトX                                          βU  HF  HB          Time     min
        A      宇宙ロマン  すばる〜140億光年  世界一の望遠鏡〜
        B      誕生!人の目を持つ夢のカメラ〜オートフォーカス  14年目の逆転〜
        C      東京タワー  恋人たちの戦い〜世界一のテレビ塔建設  333mの難工事〜
        D      海底3000メートルの大捜索〜HUロケットエンジンを探し出せ〜
                  DATA  デッキ・・・・・  SONY      SL−2100
                            テープ・・・・・  SONY      L−750/MAC
                            放  送・・・・・  平成12年  8月22日  NHK(A)
                                                              29日        (B)
                                                          9月  5日        (C)
                                                              12日        (D)
                            録  画・・・・・  放送日に同じ
                            ダビング・・・・  放送日に準ずる
02789  プロジェクトX                                          βU  HF  HB          Time     min
        A      幻の金堂  ゼロからの挑戦  〜薬師寺・鬼の名工と若武者たち〜
        B      ロータリー47士の闘い  〜夢のエンジン  廃墟からの誕生〜
        C      ルマンを制覇せよ  〜ロータリーエンジン  奇跡の逆転劇〜
        D      よみがえれ日本海  〜ナホトカ号重油流出  30万人の奇跡〜
                  DATA  デッキ・・・・・  SONY      SL−2100
                            テープ・・・・・  SONY      L−750/MAC
                            放  送・・・・・  平成12年10月17日  NHK(A)
                                                        11月  7日        (B)
                                                              14日        (C)
                                                              29日        (D)
                            録  画・・・・・  放送日に同じ
                            ダビング・・・・  放送日に準ずる






7−6931  プロジェクトX                    SP  HI8   Time     min
          A  44  「戦場にかける橋」〜カンボジア・技術者と兵士の闘い〜
          カンボジアの首都プノンペンに、人々からこよなく愛されている一つの巨大な橋がある。
          通称、日本橋。1994年、日本の援助で作られたこの橋の完成で、ずたずたになっていたカン         ボジアの大動脈が復活、地元の人々にこれほど喜ばれた支援はないといわれる。
         湾岸戦争の際、国際貢献の拙さで、非難の集中砲火を浴びた日本が、その汚名をすすぐために、全         力を注いだカンボジアの復興支援。その最初のプロジェクトが、日本橋の建設だった。
         日本の名誉を回復するため、命を賭けて戦場に巨大な橋を作った日本人技術者たちの知られざるド         ラマを2回シリーズで伝える。
          前編は、大河の中に橋脚を築くために、戦火の続くカンボジアに乗り込んだ大林組の技術者の苦         闘の物語。
          仕事を引きうけたのは、アジアの途上国ばかりを回ってきた技術者、40歳の田辺勝義だった。         しかし、勇躍乗り込んだカンボジアは、銃声が響く、本物の戦場。内戦で技術者は殺され、作業員         すらいなかった。そこに、雇って欲しいとやってきたのが、元工兵部隊の兵士たち。壊すことには         長けていても、ものを「作る」ことを知らないカンボジア兵士に、田辺は一から技術を教え始める         。
          文化の違いから、頻発する衝突。深まる亀裂。かつて難民として日本に逃れたカンボジア人通訳         が懸命に溝を埋めようと走り回り、両者は次第に心を許しあうようになる。しかし、その途上、ポ         ルポト派による、日本橋への攻撃予告が流れた。戦火が迫り、プロジェクトは中止の危機に立つ。             45 「嵐(あらし)の海上輸送作戦」〜戦場にかけろ 日本橋〜
          現場事務所に銃弾が撃ち込まれた。撤退か続行か。苦渋の選択を迫られる田辺たち技術者。今、         逃げ出したら、折角生まれかけているカンボジア兵士たちとの信頼が無に帰し、橋は頓挫すると残         留を決意した。 一方、橋脚にのせる「橋梁部分」は日本で作りカンボジアに運ぶ計画だった。
         橋作りを率いていたのが、設計会社PCIの中山武志。長年、アフリカやアジアで橋を作ってきた         中山は「日本の援助は地元の役に立たない」という批判と戦いつづけてきた。
         中山は、橋の両脇に、ユニークなバルコニーを設けた。「平和になったら、これを憩いの場として         使ってもらいたい」という思いからだった。しかし、中山は、橋がカンボジアに向け送り出されて         、まもなく、事故で、この世を去った。
          そして、特大の衝撃がプロジェクトを襲った。
         輸送中の「橋」が暴風雨に巻き込まれ、船ごと行方不明になったのである。
          中山の遺志がこめられた日本橋。カンボジアでは田辺たちが命がけで橋脚を完成させていた。こ         のまま、橋を海のもくずにするわけにはいかない。東シナ海を舞台に国境を越えた決死の「橋」救         出作戦が展開された。5日後、ついに、福建省沖で波間を漂う輸送船が回収される。
          そして、1994年2月、日本橋は、カンボジアの人々と、日本の技術者たちが見守る中、感動         の完成を迎える。
          後編は、橋完成までのスリリングな物語を軸に、いのちを賭けて日本橋を作り上げた技術者たち         の仕事に対する一途な情熱と執念を描いていく 
                  DATA  デッキ・・・・・  SONY      SL−D200
                                                            EV−PR2                                                              テープ・・・・・  TDK        MP120
                            放  送・・・・・  平成13年  3月13日  NHK(A)
                               20日    (B)
                            録  画・・・・・  放送日に同じ
                            ダビング・・・・  放送日に準ずる
7−6932  プロジェクトX                    SP  HI8   Time     min
     A 2 「窓際族が世界規格を作った」〜VHS・執念の逆転劇〜
         プロジェクトXアンコール 第2回 2000年4月4日放送
         放送開始1年の節目に、これまで放送された中からもっとも反響の大きかったVHS開発の物語を         再放送します。
          日本人が初めて生み出した世界規格「VHS」。その快挙は、当時、弱小といわれていた家電メ         ーカーの窓際技術者たちの「意地」の成果 だった。
          昭和45年、業界8位だった日本ビクターは、当時、脚光をあびつつあったビデオ事業に乗り出         したが、赤字続きだった。「1年やればクビがとぶ」とも言われた事業部長に任ぜられたのは高野         鎮雄氏(47歳)。しかし高野氏は夢を捨てず、わずか3人の技術者で極秘プロジェクトを結成、         本社には一切報告せずに"新型ビデオ"の開発を続けた。
          そうして6年の努力の末に完成させた「VHS」の技術を、高野氏は国内外のメーカーに惜しげ         もなく公開する。その自社の利益を度外視した戦略が、VHSを世界規格に押し上げて行った。
          短期利益を重視せざるを得ない会社の壁と闘い続け、欧米を追い越す夢を実現させた「VHS開         発プロジェクト」の執念を追う。
         ゲスト:佐藤正明さん(ノンフィクション作家)
             大曽根収さん(元日本ビクター)
       48 「液晶 執念の対決」〜瀬戸際のリーダー・大勝負〜
          携帯電話、モバイルコンピューター。急速に進行するIT革命になくてはならない装置がある。         省エネルギーで、軽量 。夢のディスプレイ装置「液晶」である。 
          世界で初めて、「液晶」の実用化に成功したのは、シャープの研究所で、日の当たらない場所に         いた技術者たち。
          リーダーの和田富夫はかつて、壁掛けテレビの開発にたずさわり、挫折。管理部門に回されてい         た。偶然、テレビで実験段階の液晶を見た和田は上司に開発を進言。しかし、プロジェクトに集ま         ったのは、同じように開発に失敗した技術者と何も知らない新入社員たちだった。 
          和田は、メンバーを鼓舞し、アメリカの大手企業も実用化をあきらめた「液晶表示装置」の開発         に打ち込む。そして、1万回を超える執念の実験の末に、電卓の表示装置として、世界で初めて「         液晶ディスプレイ」の実用化に成功する。
          番組は、サラリーマン人生をかけて開発に打ち込んだ技術者たちの執念のドラマを描く。
                  DATA  デッキ・・・・・  SONY      SL−D200
                                                            EV−PR2                                                              テープ・・・・・  TDK        MP120
                            放  送・・・・・  平成13年  3月27日  NHK(A)
                             4月17日    (B)
                            録  画・・・・・  放送日に同じ
                            ダビング・・・・  放送日に準ずる
7−6933  プロジェクトX                    SP  HI8   Time     min
     A 51 「日本初のマイカー てんとう虫、町をゆく」〜家族たちの自動車革命〜
          日本人の自動車に対する意識を根底から覆した革命的な車がある。スバル360。
          昭和30年代、一軒家と同じほど高価だった「自動車」をサラリーマンでも買えるほど安価にし         、「マイカー」という言葉を誕生させた画期的な車である。わずか360ccながら4人乗り。高         級外車にも負けない驚異的な走りとサスペンションを誇り、その風貌から「てんとう虫」と呼ばれ         た。
          スバル360を生み出したのは、戦後、細々とバスを作っていた富士重工業の技術者たち。戦時         中は、戦闘機を手掛けるほどの腕を持ちながら、戦後、くすぶっていた男達である。 安くても高         性能の車を作るために要求されたのは、極限の軽量化と、軽くて柔らかいサスペンションの開発で         ある。次々と立ちはだかる壁を前に、技術者たちを奮い立たせたのは、家族への想いだった。
          自動車を金持ちの道具から、自分達の家族でも乗れる「庶民の足」にしたい。技術者たちの執念         が、不可能といわれた4人乗り軽自動車を世に送り出す。
          革新的な車作りに打ち込んだ男達と家族の物語を描いていく。
       52 「霞が関ビル 超高層への果てなき闘い」〜地震列島日本の革命技術〜
          地上36階、高さ147メートル。昭和43年に完成した「霞が関ビル」は、日本初の超高層ビ         ルである。
          それまでは、関東大震災後に作られた建築基準法により、ビルの高さは31メートルに制限され         ていた。地震と台風の国・日本では、高いビルの建設は不可能とされていた。
          建設のリーダーは、鹿島建設の二階盛(50)。自ら関東大震災を経験し、多くの友人を亡くした         二階は、日本初の難工事に果敢に挑んだ。二階は、「初めての試みには、新たな発想が必要」と、         35歳以下の技術者しか加えなかった。後に“二階学校”と呼ばれる150名のプロジェクトの誕         生だった。
          地震に強い柔構造ビルのヒントは、関東大震災でもビクともしなかった寛永寺の五重塔にあった         。一本の柱で支えられている五重塔は揺れに強い。147メートルに達する柱をいかにまっすに立         てるか。これが霞が関ビル建設の鍵だった。
          しかし、肝心の鉄骨は、建設中に、すぐに微妙に曲がってしまった。計り直して修正しても、翌         日にはまた曲がった。
          一体なぜなのか?その原因が全く分からず、担当の角田勝馬(19)は、焦りを募らす。早く解決         しなければ、台風シーズンを迎え、工期に間に合わなない。二階と若手技術者は、この危機をどう         乗り越え、完成に導いていったのか・・・・。
          二階学校での技術者の奮闘を軸に、日本初の摩天楼が完成するまでの1000日の熱いドラマを         描く。
                 DATA  デッキ・・・・・  SONY      SL−D200
                                                            EV−PR2                                                              テープ・・・・・  TDK        MP120
                            放  送・・・・・  平成13年  5月 8日  NHK(A)
                               15日    (B)
                            録  画・・・・・  放送日に同じ
                            ダビング・・・・  放送日に準ずる
7−6934  プロジェクトX                    SP  HI8   Time     min
     A 53 「炎上 男たちは飛び込んだ」〜ホテルニュージャパン・伝説の消防士たち〜
         昭和57年2月8日。日本災害史上例を見ない火災事故が発生した。
          地上10階、東京でも有数の巨大ホテル、ホテルニュージャパンの火災である。
          1昼夜に渡って燃え続け、犠牲者33人を出す大惨事となった。この時、炎に包まれ、絶望的と         言われた高層階から、66人もの人命が奇跡的に救出されたことは知られていない。命がけの消火         、救出の中心となったのは、東京消防庁の精鋭部隊、「特別救助隊」の男たちだった。
          ホテルは欠陥建築で、火のまわりが異常に速かった。男たちの救出作戦も困難を極めた。
          隊長、高野甲子雄はある決断を迫られる。
          番組は、消防の世界で今も語り継がれる、伝説の消防士たちの救出劇を克明に描く。
       54 「腕と度胸のトラック便 」〜翌日配達・物流革命が始まった〜
          昭和51年に誕生した宅急便。「電話一本で翌日配達」を売り物にドア・トゥ・ドアで荷物を届         ける画期的なシステムである。戦後最大のサービス革命と言われ、日本人の暮らしを一変させた。          宅急便を始めたのは、深刻な経営危機に直面していたヤマト運輸。二代目社長・小倉昌男(50)         が社運を賭けて決断した。成功の鍵は全国津々浦々に拠点を作るネットワークだった。
          コストがかかる個人相手の輸送はリスクが高く不可能というのが業界の常識だった。しかし、長         年の取引先から撤退して宅急便に賭ける小倉の気迫にドライバー達は奮い立つ。
          最も営業が難しいと見られた北海道を任されたのは、トラック運転手・加藤房男(27)。広大な         北海道で、どうしたら不特定多数の家庭から効率よく荷物を集められるのか。行き詰まる加藤を支         えたのは、自分の町にも来て欲しいという住民達の声だった。「待っている人達がいる限り絶対に         諦めない」。加藤は全道に営業所の「のぼり」を立てることを夢見て奔走する。
          更に、国が立ちはだかった。運輸省は、それまでの常識を次々と覆すヤマト運輸に対し、免許を         認めなかった。
          ヤマトは運輸省を相手にどう闘いぬくのか? 戦後から続いた規制行政にいかに風穴を開けるの         か? 北海道全域にのぼりを立てるという加藤の夢は叶うのか・・・・?
          物流を劇的に変える新サービス・宅急便を全国に普及させた男達の15年のドラマを描く。
                  DATA  デッキ・・・・・  SONY      SL−D200
                                                            EV−PR2                                                              テープ・・・・・  TDK        MP120
                            放  送・・・・・  平成13年  5月22日  NHK(A)
                               29日    (B)
                            録  画・・・・・  放送日に同じ
                            ダビング・・・・  放送日に準ずる
7−6935  プロジェクトX                    SP  HI8   Time     min
     A 55 「激闘 男たちのH-IIロケット」〜純国産・屈辱からの復活戦〜 前編
          日本が誇る純国産ロケット、H-II。
         それは、日本の先端技術の粋を尽くした、技術者たちの意地の結晶だった。
         昭和30年代の開発黎明期から、平成6年のH−IIロケット打ち上げ成功まで、40年にわたる男た         ちの熱き戦いを、2週に渡って、放送する。
          「ロケット開発の父」と言われる東大教授糸川英夫が、日本初のロケット発射実験を行ったのは         、昭和30年。使われたロケット「ペンシルロケット」は、大きさ23センチの小さなものだった         が、その影響は計り知れなかった。この実験を知り、多くの若者がロケット開発を志していく。
          しかし、その後のロケット開発は苦難の連続だった。計画は難航し、ついにアメリカの技術を導         入することを余儀なくされる。技術の一部は、日本の技術者は全く見ることのできない「ブラック         ボックス」になっていた。
          国産ロケット計画実現に向けての技術者たちの執念の戦いを描く。
       56 「男たちのH-IIロケット 天空へ」 
         日本が誇る純国産ロケット、H−II。
         後編は、H−II開発から打ち上げまでの壮絶なドラマを描く。
         ついに、動き出した国産ロケットH−IIの開発。それは、日本の技術力の底力を問われる壮大な総         力戦となった。
          エンジン、機体、誘導装置・・。
          失敗の続く実験。そして、突然の事故による仲間の死。計画は難航し、ついには打ち上げ延期を         余儀なくされる。
          しかし、開発開始から10年。技術者たちの執念は企業間の壁を越え、ついに、初の国産ロケッ         トを完成させる。
          平成6年2月4日、多くの関係者と、実験中の事故で亡くなった技術者たちの遺族が見守る中、         H−IIロケットは見事打ち上げに成功する。
                  DATA  デッキ・・・・・  SONY      SL−D200
                                                            EV−PR2                                                              テープ・・・・・  TDK        MP120
                            放  送・・・・・  平成13年  6月 5日  NHK(A)
                               12日    (B)
                            録  画・・・・・  放送日に同じ
                            ダビング・・・・  放送日に準ずる
7−6936  プロジェクトX                    SP  HI8   Time     min
     A 57 「父と息子 執念燃ゆ 大辞典 」〜30年・空前の言葉探し〜
          辞書「広辞苑」。収録語20万。2320ページ。
          国語辞典のみならず、地名・人名・流行語などの百科事典の機能も兼ね備えた、日本初の本格的         な「日本語の総合辞典」である。昭和30年、発売と同時に大ベストセラーになり、いまもその地         位は揺るぎない。
          辞書作りの中心となったのが、新村出と新村猛。言語研究に生涯を捧げた親子だった。「一流国         になるには、日本語の総合辞典が不可欠だ」。その信念で、二人は戦前から10年の歳月をかけ、         15万語の辞書の原稿を完成させた。しかし、昭和20年、原稿を印刷所に持ち込み、印刷開始の         直前に空襲にあった。原稿、活字、印刷用紙、全てが一瞬で灰と化した。
          戦後、二人は辞書作りを再開する。しかし終戦直後の日本は、時代が急速に動いていた。新しい         言葉が次々と生まれた。意味も変化した。戦前の蓄積では対応できず、一から言葉を選び、意味を         考えるという、気の遠くなる作業が必要だった。
          それを支えたのが、7人の若い編集スタッフだった。新聞を読みあさり、喫茶店や、公園で遊ぶ         子供たちの会話にまで耳をそばだて、言葉選びに奔走した。彼らは、新村親子を中心に、膨大な言         葉の海と格闘を続けていく・・・・。
          日本語の豊かさに誇りを持とうと、前代未聞の辞書作りに情熱を燃やした親子と若者たちのドラ         マを描く。
       59 「兄弟10人 海の革命劇」〜魚群探知機・ドンビリ船の奇跡〜
         今や世界中の漁船になくてはならない装備となった「魚群探知機」。超音波を使い、海の中の魚群         を見つけだすこの装置は、勘と運に頼っていた漁業を革命的に変えた。
          昭和24年、魚群探知機を世界で初めて実用化したのは、長崎の港町、口之津に暮らす二人の青         年だった。古野清孝、清賢兄弟。二人には8人の妹、弟がおり、失職中の父に代わって、漁船の電         気関係の工事作業で家族の暮らしを支えていた。漁師たちの運任せの仕事を見ていた二人は、魚を         見つけだす機械を作れば必ずあたると動き出す。
          しかし、作り上げた試作器はエンジンの振動や海中の泡まで感知してしまい、使い物にならなか         った。最初は協力してくれた漁師たちも怒り出す始末。そのなかに、協力を惜しまない船があった         。五島列島で、もっとも漁獲高が低く「どんびり船」と呼ばれていた枡富丸。古野兄弟と枡富丸は         魚群探知機を必死に改良。一発逆転の秘策を考え出す。
          家族のために困難な開発に挑んだ二人の若者と「どんびり船」の船員たちの挑戦のドラマを描く                  DATA  デッキ・・・・・  SONY      SL−2100
                                                            EV−PR2                                                              テープ・・・・・  TDK        MP120
                            放  送・・・・・  平成13年  6月19日  NHK(A)
                             7月 3日    (B)
                            録  画・・・・・  放送日に同じ
                            ダビング・・・・  放送日に準ずる
7−6937  プロジェクトX                    SP  HI8   Time     min
     A 60 「白神山地 マタギの森の総力戦」 
          世界遺産にも選ばれた、世界有数のブナ原生林が生い茂る白神山地。古くから「マタギ」と呼ば         れる山の民が、森とともに生きていた場所でもある。
          そのマタギの森が、今から20年前、崩壊の危機に瀕した。
          昭和57年、秋田県、青森県、林野庁が、白神山地を横断する巨大林道の建設を始めたの であ         る。
          地元、秋田県藤里町で写真店を営む鎌田孝一、50歳。計画を知った鎌田は、山仲間とともに、         林道建設の前にブナ原生林を一目見たいと、村でただ一人の老マタギ、佐々木伊一郎に案内を頼む         。老マタギにつれられ、原生林にふみいった鎌田は、その壮大な自然に圧倒された。老マタギは鎌         田に言った。「森は一度死んだらよみがえらない」。鎌田は山の仲間とともに林道建設の反対を訴         える運動を開始する。
          鎌田たちの上げた声に、様々な人たちが呼応する。林道建設を推進する県庁の職員までが  密         かに反対運動に参加した。しかし、すでに、動き出している林道建設を途中で止めることは難しか         った。
          行き詰まる中で鎌田の心の支えの老マタギ、佐々木が、がんで倒れる。最後の言葉は「もう一度         、一緒に森に行こう」
           人々は、最後に、望みをかけ、一万人を超える署名に挑む。しかし、そこには、思わぬ困難が待         ちうけていた。それを乗り越えるため取った最後の秘策とは…。
         「マタギの森」を守るため、全ての情熱を傾けた人々の感動のドラマを描く。
       61 「炎のアラビア 一発必中 油をあてろ」
          20世紀、世界の工業発展を支えた魔法の液体、石油。敗戦後、奇跡の復興を遂げた日本を支え         たのも、この石油だった。
          資源のない日本が、石油の安定確保を果たした陰には、壮絶なドラマがあった。日本の真の独立         と誇りをかけて闘った技術者たちの挑戦の物語を2回シリーズで伝える。
          前編は、終戦直後から、昭和35年に日本初のアラビア油田開発に成功するまでを描く。敗戦で         、海外での油田開発を一切禁止された日本は、僅かに新潟で石油を掘ってい たものの、その99         %を輸入に頼るしかなかった。日本の石油は、完全に欧米のメジ ャーに牛耳られていた。
         転機となったのは、昭和27年。サンフランシスコ条約で独立を果たした日本は、 自主開発原油         (日の丸原油)の確保に乗り出した。その時立ち上がったのが、実業家、 山下太郎。山下は「ア         ラビア石油」を設立し、サウジアラビアに乗り込んだ。
          度重なる交渉の末、日本に開発が認められたのは、沖合の洋上油田という難所。しかも「一発目         で石油を当てること」が絶対的指命として課せられた。
          この困難を成し遂げるため呼び集められたのが、新潟で細々と石油を掘っていた技術者たちだっ         た。リーダーは山内肇。戦前、アジアの占領地での油田開発を手がけた、 世界でもトップレベル         の伝説の技術者だった。
          想像を超える猛暑。欧米企業の妨害。そして不測の火災事故・・・・。次々と襲いかかる難題を         技術者たちはどう乗り越えていくのか・・・・。
          日本の命運をかけ、日の丸原油の確保に命懸けで取り組んだ技術者の意地と執念を描く。
                  DATA  デッキ・・・・・  SONY      SL−D200
                                                            EV−PR2                                                              テープ・・・・・  TDK        MP120
                            放  送・・・・・  平成13年  7月10日  NHK(A)
                               17日    (B)
                            録  画・・・・・  放送日に同じ
                            ダビング・・・・  放送日に準ずる
7−6938  プロジェクトX                    SP  HI8   Time     min
     A   夏期特集「リーダーたちの言葉」
          放送開始以来、大きな反響を呼んでいる「プロジェクトX・挑戦者たち」。最も多い問い合わせ         は、「リーダーのあの言葉をもう一度教えてくれ」というものである。
          危機に陥ったプロジェクトの中で、リーダーが言い放つ「珠玉の言葉」。
          逆風にさらされ、追い詰められた時、あるいは、勝負所で、振り絞るようにして発せられた言葉         。崩壊しかけたプロジェクトを救いたいと語り始めた言葉。また、若者たちに夢を切々と伝えた言         葉。そして、リーダーとして自分に鋭く問いかけた言葉。
          積み重ねられた現場の経験と、奥深い人間性がにじみ出るリーダーたちの言葉が巨大な障害の前         に立ちすくむプロジェクトメンバーに勇気とエネルギーを与え、不可能を可能にしていった。言葉         の向こう側に、人を率いるものの哲学と、一流の人間の凛とした生き方が浮かび上がる。
         ◆第一部 リーダーたちの言葉 〜逆境に挑む〜
          様々なリーダーたちが、心に残る一言を吐いた。
           日本最大のダム「黒四ダム」建設のリーダーの中村精。
           中村は、断崖絶壁の秘境での難工事。
           中村は、51人の部下を失った。
           中村は、自分を奮い立たせ、腹の底から言葉を吐いた。
           「できるかできないか 一切 考えない ただやる無我だ 真っ白だ 突撃だ」
         ◆第ニ部 リーダーたちの言葉 〜魂を揺さぶる生き方〜
          リーダーのその生き方に惹かれ、プロジェクトは動いた
           瀬戸大橋建設のリーダー・杉田秀夫。杉田は、いつもプロジェクトの先頭に立った。
           技術者は、自分の目で確かめなくてはいけないと、自ら潮の流れの激しい海底に飛び込んだ。           難航する漁民との交渉、オイルショックによる建設中止。
           リーダー杉田は、毅然と立ち向かった。
           そして、杉田には、誰にも言わなかったことがあった。
           妻の病だった。大仕事を抱えながら、妻の看病、3人の娘の子育て。
           杉田は、黙々とやり通した。
           杉田が残した言葉
           「偉大なる人生とは何か。橋をつくるより難しい人生がある」
           他にも、魅力的なリーダーの生き方を紹介する。
         番組では、これまで取り上げたプロジェクトの中から、「リーダーの名言」に焦点を当て、深く掘         り下げて行く。
                 DATA  デッキ・・・・・  SONY      SL−D200
                                                            EV−PR2                                                              テープ・・・・・  TDK        MP120
                            放  送・・・・・  平成13年  8月21日  NHK
                            録  画・・・・・  放送日に同じ
                            ダビング・・・・  放送日に準ずる
7−6939  プロジェクトX                    SP  HI8   Time     min
     A 62 「起死回生 アラビアの友よ」〜巨大油田に挑んだ技術者たち〜 
          シリーズ後編は、オイルショックから、石油の安定確保につながった昭和62年のザグム大油田         開発までを描く。
          昭和48年、日本を悪夢が襲った。オイルショックである。アラブ諸国が一方的な供給削減を発         表し、日本中がパニックに陥った。それまでに確保した日の丸原油では、到底足りなかった。
          不測の事態に対応できる大量の石油を、安定的に確保できるか。それが日本の今後を左右する鍵         だった。
          日本は、アブダビにある、世界最大級の大油田に目をつける。そこは、石油と水が混ざって存在         する特異な油田。多くのメジャーたちが開発不可能と手を引いた難所中の難所だった。
          送り込まれたリーダーは石油技術者、細井弘。山内肇の弟子だった。細井たちは、実に10年に         及ぶ試行錯誤を繰り返し、水と油を見事に分けて取り出す技術を開発していく・・。
          日本の血脈、石油の安定確保をかけ、世界最難関の油田に挑んだ男たちの壮絶なド ラマを描く        64 「逆転 田舎工場 世界を制す」〜クオーツ・革命の腕時計〜 
          時を限りなく正確に刻む。そんな夢を叶えた時計がある。世界初のクオーツ腕時計。電気を流す         と正確な振動を繰り返す水晶=クオーツクリスタルを使い、一日わずか0.2秒の誤差を実現した夢         の時計である。昭和44年に発売されると、たちまち革命を引き起こし、今やクオーツは全世界の腕         時計の98%を占めるまでになった。
          時計を作り上げたのは、故郷を再生しようと立ち上がった男たちだった。
          かつて製糸業で栄えた信州・諏訪湖一帯。ここで生まれた時計工場があった。「諏訪精工舎」。         工場長は地元商店街の時計店店主だった山崎久夫。化学繊維の登場で壊滅的な打撃を受けた町を何         とか蘇らせたいと時計作りを決意した。職を失っていた女工を雇い、ゼンマイ腕時計の生産を開始         した。女工たちが繊細な指先で組み立てた時計はその正確さで評判となった。
          しかし、アメリカで全く新しい技術を使った電子時計が発売されると、圧倒的な正確さで、たち         まち大ヒットした。同じ技術を使って開発しようにも、特許の厚い壁が立ちはだかった。窮地に追         い込まれた山崎たちは、一つの技術に全てを賭けた。それまで、世界中の技術者が挑戦してもでき         なかったクオーツ腕時計の開発だった。
          開発は困難を極めた。当時、世界最小のクオーツ時計でもタンスより大きかった。超小型化と超         省電力化が必要だった。しかも、全く耐震性がなかった。さらに世界の時計王国スイスがこぞって         クオーツ腕時計の開発に乗り出した。それでも山崎はあきらめることなく全国の大学を回り、学生         を口説き続けた。その熱意に打たれた若き技術者たちが諏訪に集い、奇跡の時計の開発に挑んでい         く。
          故郷の復活に立ち上がった男と、その心意気に応えた若手技術者たちの、今に語り継がれる逆転         のドラマを描く。 
                  DATA  デッキ・・・・・  SONY      SL−D200
                                                            EV−PR2                                                              テープ・・・・・  TDK        MP120
                            放  送・・・・・  平成13年  7月24日  NHK(A)
                             9月 4日    (B)
                            録  画・・・・・  放送日に同じ
                            ダビング・・・・  放送日に準ずる
7−6940  プロジェクトX                    SP  HI8   Time     min
     A 65 「白鷺舞え 空前の解体工事」〜姫路城・定年前の大仕事〜 
         世界でも有数の巨大木造建築、国宝・姫路城。
         終戦後、倒壊寸前にまで荒廃していたこの城を救ったのは、昭和31年から8年間にわたって行わ         れた解体修理である。
         高さ50メートルの天守閣をいったんバラバラに解体して、一から組み直す前代未聞の難工事とな         った。
         リーダーに指名されたのは、まじめ一途な文部技官・加藤得二。
         奈良で寺院の修復を手がけていた加藤にとって、姫路城は経験したこともない巨大建築物だった。         ふるさとの城を救えと、地元の大工など100人が参加し、「播州一の宮大工」と謳われた和田通         夫が、棟梁を務めた。
         最大の問題は、城の要となる長さ25メートルの心柱(しんばしら)。大きく傾き、内部が腐って         いた。
         代わりとなる、巨大なヒノキを求めて、加藤は日本中を歩き回る。
         巨木探しのさなかを襲った、思いがけない事故。 プロジェクト最大の危機に、和田が発した起死         回生の一言とは・・・
         誇りと技をかけて、天下の名城をよみがえらせるために闘った男達の壮絶なドラマを描く。
       66 「絶体絶命 650人決死の脱出劇」〜土石流と闘った8時間〜 
          平成5年8月6日。鹿児島で未曾有の大災害が起きた。100年に一度といわれる集中豪雨で、         48人が死亡した「8.6水害」である。
          この時、国道10号線と、JR日豊本線が崖崩れで寸断。渋滞中のドライバーと、列車の乗客あわ         せて650人が竜ヶ水駅前に取り残された。前は海、後ろは崖。逃げ場はなかった。 その中に、         たまたま検問をしていた警察官がいた。有村新市(44)。4年前くも膜下出血で倒れて以来、交番勤         務に移動となっていた。豪雨の中、立ちつくしていた人々は、制服姿の有村をみつけると、すがる         ように次々と集まってきた。
          有村は決死の避難誘導を決意する。同僚の前田とともにパニック寸前の人々と向き合った。しか         し、再び土石流が襲いかかり、有村は海へ投げ出される。
          陸上に残された人々は土砂によって完全に逃げ場を失い絶体絶命の窮地に陥った。その時、思い         がけない助っ人が現れた。 8時間に及ぶ奇跡の脱出作戦。その感動のドラマを描く。
                  DATA  デッキ・・・・・  SONY      SL−D200
                                                            EV−PR2                                                              テープ・・・・・  TDK        MP120
                            放  送・・・・・  平成13年  3月13日  NHK(A)
                               20日    (B)
                            録  画・・・・・  放送日に同じ
                            ダビング・・・・  放送日に準ずる
7−6941  プロジェクトX                    SP  HI8   Time     min
     A 67 「巨大モグラ ドーバーを掘れ」〜地下一筋・男たちは国境を越えた〜
           1991年春、イギリスとフランスをつなぐ海底トンネル「ドーバー海峡鉄道トンネル」が貫通          した。ヨーロッパを陸続きにする、ナポレオン以来の壮大な夢を実現させたのは、「鉄のモグラ」         といわれる巨大なトンネル掘削機だった。
          最難関といわれたのはフランス側の海底部。軟弱な地盤と無数の断層、高い水圧の中、16キロ         を僅か3年で掘り抜くという前代未聞の計画だった。
          挑んだのは川崎重工の技術者。世界中で最も難しいといわれる日本の地下を掘りつづけてきた男         達だった。
          リーダーの宇賀克夫は、100人の技術者を総動員して最先端技術を駆使したマシーンを完成さ         せる。しかし海底での工事は想像をはるかに超えるものだった。チョーク層と呼ばれる独特な地盤         との闘い。予期せぬ カッターヘッドの亀裂事故。そして文化の違いから生まれるフランス人技術         者との葛藤。
           メンバーは、不眠不休でマシーンの改良を重ね、フランス人に粘り強く技術指導を続ける。チー         ムワークで「世界最強のモグラ」へと生まれ変わったマシンは、工期をはるかに上回る驚異的な速         さでプロジェクトを成功へと導く。
          ヨーロッパの夢をかけた世紀の大工事を成し遂げた日本人技術者の意地と執念のドラマを描く。       68 「リヒテルが愛した執念のピアノ」 
          昭和44年。1台の日本製ピアノがヨーロッパ中の話題をさらった。
          美しい音色に、素晴らしい鍵盤のタッチ。18世紀イタリアで生まれ、「楽器の王様」と称される         ピアノ。
          その300年のピアノの歴史に名を刻んだ、日本の職人たちの執念のドラマを描く。
          戦争の傷が未だ癒えない昭和25年。一台のコンサート用グランドピアノが、東京日比谷公会堂で         発表された。
          作り上げたのは、浜松の楽器メーカー、ヤマハ。聴衆の期待は高まったが、結果 は、「タガの         ゆるんだ音」と酷評される。
          ピアノが誕生して以来、ピアノメーカーの雌雄を決する最高級のコンサートグランドピアノの分         野は、欧米メーカーが圧倒的に優位 に立っていた。「日本人にピアノが作れるはずがない」とま         で言われていた。
          15年後の昭和40年、ピアノ作りは大きな転機を迎える。
          名ピアニスト・ミケランジェリとともに来日していた、イタリア人調律師・タローネが、「東洋         の日本で、これほどまでにピアノ作りに情熱を燃やしているとは」と、ピアノ作りに協力すること         を約束。これを機に、「もう一度世界一のピアノを目指す」プロジェクトが発足する。
          途方もない挑戦に燃える男たち。木工担当の鈴木辰次(36歳)は、親方田中喜三郎からたたき込         まれてきた木工職人の技で、20トンに達する弦の張力に耐える強度を持ち、美しく鳴り響くピアノ         のボディを組み上げていく。
          さらに調律担当の村上輝久(37歳)は昭和41年、「理想の音」を探求するため、ヨーロッパに渡         り、腕を磨いていく。
          昭和44年1月。完成したピアノを世界に知らしめる機会を得た。場所はイタリア・パドヴァ。演         奏するのは、天才ピアニスト・リヒテル。ヤマハの技術者たちが、固唾をのんで見守る中、リヒテ         ルは静かにピアノを弾きはじめた…。
         その結果は。新たな伝説の始まりだった…。
         西洋音楽の伝統に挑戦した、日本の職人たちの熱き戦いのドラマを描く。
                  DATA  デッキ・・・・・  SONY      SL−D200
                                                            EV−PR2                                                              テープ・・・・・  TDK        MP120
                            放  送・・・・・  平成13年 9月25日  NHK(A)
                            10月 2日    (B)
                            録  画・・・・・  放送日に同じ
                            ダビング・・・・  放送日に準ずる
7−8942  プロジェクトX                    SP  HI8   Time     min
     A 69 「レーザー・光のメスで命を救え」〜倒産工場と脳外科医の闘い〜
          レーザー光線。その強力な出力から「殺人光線」と呼ばれた技術を医療に用い「神の指先」と言         わしめたレーザーメスを開発した男たちがいた。
          立ち上がったのは脳外科医、滝澤利明。昭和40年代、脳外科では摘出困難な腫瘍や出血に悩ま         され、余命宣告せざるを得ないこともしばしばだった。
         「レーザーを照射すれば正確に患部が切れ、しかも一瞬で血管が塞がり出血がない」ことを自ら動         物実験で確認した滝澤は、小さな町工場とともに開発に乗り出した。
          町工場のメンバーは全員が手に火傷を負いながら開発に取り組んだ。しかし当時まるで「巨大な         大砲」だったレーザー発射装置を手術室に出し入れできるほどコンパクトにし、直進するレーザー         光線を医師の手元まで送り、自在に照射することは至難の業だった。しかも開発から3年後、町工         場は倒産。技術者達は妻子を実家に帰し、債権者から身を隠しながら開発を続けた。
          昭和50年、様々な困難を乗り越え、ついにレーザーメスが完成した。残るは医療機器として当         時の厚生省から認可を得るための臨床例が必要だった。昭和54年、滝澤は悪性の脳腫瘍を患い余         命1年と宣告された8歳になる女の子の手術に成功。翌年、レーザーメスの製造が正式に認可され         た。
          一人でも多くの命を救いたいと願う脳外科医と町工場の技術者達の執念のドラマを描く。
       70 「魔法のラーメン 82億食の奇跡」〜カップめん・どん底からの逆転劇〜
          昭和46年。20世紀の食生活を劇的に変えた一つの食品が登場した。お湯を注いで3分、いつ         でもどこでも食べられる「魔法のラーメン」、カップめんである。高度経済成長のもと、寸暇を惜         しんで働く日本人の胃袋を満たしただけでなく、世界中の飢餓や災害の現場に欠かせない貴重な食         料となった。年間消費量 は世界で82億食。メイドインジャパンの代表格である。
          開発したのは、日清食品の若手技術者たち。当時、会社は「ラーメン戦争」と呼ばれる他社との         熾烈な価格競争で業績が悪化していた。社長の思いがけない発想をもとに、自らの命運をかけたカ         ップめん開発が始まる。
          開発は困難を極めた。カップの形に合わせためんは、中まで火が通らない。一日20回にも及ぶ         試食で、メンバーの体重は10キロも減った。ようやく作った試作品も、問屋から「食べ物ではな         い」と拒絶された。
          逆境の中、食品加工技術の限界に挑んだ若者とアイデア社長の熱き闘いを描く。
                  DATA  デッキ・・・・・  SONY      SL−D200
                                                            EV−PR2                                                              テープ・・・・・  TDK        MP120
                            放  送・・・・・  平成13年10月 9日  NHK(A)
                               16日    (B)
                            録  画・・・・・  放送日に同じ
                            ダビング・・・・  放送日に準ずる
7−8943  プロジェクトX                    SP  HI8   Time     min
     A アンコール 「炎上 男たちは飛び込んだ」〜ホテルニュージャパン・伝説の消防士たち〜
     B 71 「謎(なぞ)のマスク 三億円犯人を追え」〜鑑識課指紋係・執念の大捜査〜
         警察の信頼を揺るがせた東芝府中三億円強奪事件。それから18年後、再び起きた三億円事件、鑑         識課指紋係の男達が立ち上がった。
         昭和43年12月10日、府中市で三億円強奪事件が発生。鑑識課に配属されたばかりの塚本宇兵         は、うんざりしながら指紋採取にあたっていた。その頃は物証よりも、自供に頼る捜査が優先。現         場に入るのは捜査一課が一番、指紋係はニの次だった。
         警視庁はのべ17万人を越える捜査員を投入。しかし犯人はつかまらなかった。
         そして昭和50年、時効を迎えた。
         昭和61年11月25日、有楽町で悪夢がよみがえった。3億3千万円が4人組の男に強奪された         。その時、塚本は鑑識課のキャップになっていた。捜査一課の指揮官は塚本の3つ先輩の緒方保範         。最初に配属された派出所で共に「腕利きの刑事になろう」と熱く語った仲だった。その後、緒方         は捜査一課のエースに。塚本は夢敗れ鑑識課に。
         「どっちが早く犯人をあげるか」因縁の勝負が始まった。
         緒方は遺留品を徹底的にあらい犯人の足取りを追う。塚本は500万件を越える膨大な指紋との照         合を進めていく。長引く捜査に世間からは非難にさらされた。そして妹の死。
         苦難の末、浮かび上がったのは意外な犯人像だった。
         日の当たらない鑑識という仕事に誇りをかけ、リベンジを果たした男達のドラマ。 
                  DATA  デッキ・・・・・  SONY      SL−D200
                                                            EV−PR2                                                              テープ・・・・・  TDK        MP120
                            放  送・・・・・  平成13年10月23日  NHK(A)
                               30日    (B)
                            録  画・・・・・  放送日に同じ
                            ダビング・・・・  放送日に準ずる
7−8944  プロジェクトX                    SP  HI8   Time     min
     A 72 「通天閣 熱き7人」〜商店主と塔博士の挑戦〜
         大阪のシンボル、通天閣。戦時中に一度焼失したこの塔を、昭和31年に再建したのは、行政でも         企業でもなく、古着屋、写 真屋、ウナギ屋など、地元・新世界の商店主たちだった。
         戦後、焼け野原だった大阪・新世界に、闇市が生まれた。集まったのは、裸一貫同然の男たち。意         地としたたかさだけで、焼け跡を生き抜いていた。復員して麻雀屋を始めた知里正雄。父の末吉か         ら「焼失した通天閣を再建したい」と、夢を託された。明治45年に「東洋一のタワー」として建         設された通 天閣の再建は、新世界の復興をかけた人々の願いだった。
         末吉が作らせた原図をもとに、7人の商店主が立ち上がった。その挑戦は、素人ならではの大胆な         もの。公園を勝手に用地に選び、口八丁で市の許可をとった。設計者には、日本一の大御所・内藤         多仲を口説いた。「もし再建できたらうどんで首をつったる」とあざ笑う街の人々を説得し、資金         を集めた。
         焼け跡から立ち上がった庶民が、行政、専門家を巻き込み、後に大阪のシンボルとなる一本の塔を         建てるまでの、意地と執念のドラマを描く。 
       73 「8ミリの悪魔 VS 特命班」〜最強の敵・野菜が危ない〜
         昭和47年、日本への復帰に沸く沖縄で、人々を震撼させる出来事が起きた。東南アジアから恐る         べき害虫が飛来したのである。
         「ウリミバエ」。体長わずか8ミリのこの虫は、カボチャ、ピーマンなどの野菜に寄生し卵を産み         付ける。野菜には瞬く間にウジが沸き、腐ってしまう。世界各地で猛威を震い恐れられていた、史         上最悪の害虫「8ミリの悪魔」だった。
         天敵のいない沖縄の島々で、ウリミバエは大繁殖。次第に北上した。もし、本土に上陸すれば、日         本の野菜全体が壊滅的な被害を受ける。日本政府は「植物防疫法」により、沖縄県からの野菜の持         ち出しを厳禁した。
         「沖縄全域からウリミバエを根絶しよう」沖縄県農業試験場の研究者を中心に、プロ ジェ クトチ         ームが結成された。リーダーは与儀嘉雄。農家の息子の植物防疫官だった。農家の苦しみを目の当         たりにしてきた男の、必死の根絶作戦が始まった。しかし、農薬を持ってしても根絶出来ない最強         の害虫を前に、プロジェクトは行き詰まった。ウリミバエは沖縄本島を席巻し、九州上陸は時間の         問題となった。
         「沖縄でウリミバエをくい止めろ」政府は、ウリミバエ根絶のため、思いも寄らぬ 方法を沖 縄県         に提案した。それは、放射線「コバルト60」をハエに照射して、生殖細胞を破壊。繁殖力を失っ         たハエを増殖させることで、何十年もかけて撲滅するという、気の遠くなるような作戦だった。
         全てが手探りの中、沖縄の男たちと虫との壮絶な戦いが始まった。作戦が始まって 一年、二年と         過ぎる中、ハエが減り始めた。 「これで、ついに撲滅出来る」プロジェクトが、そう確信した時         、その行く手に、とんでもない壁が立ちはだかった。それは、沖縄在留アメリカ軍基地。「内なる         国境」だった。
         21年に渡る闘いの末、ウリミバエの根絶に成功。日本の食糧を守り抜いた沖縄の男たちのドラマ         を描く。
                  DATA  デッキ・・・・・  SONY      SL−D200
                                                            EV−PR2                                                              テープ・・・・・  TDK        MP120
                            放  送・・・・・  平成13年11月 6日  NHK(A)
                               13日    (B)
                            録  画・・・・・  放送日に同じ
                            ダビング・・・・  放送日に準ずる
7−8945  プロジェクトX                    SP  HI8   Time     min
     A 74 「アンコールワットに誓う師弟の絆」
         10年に及ぶ内戦が続いたカンボジア。世界遺産アンコールワットは、無残に破壊、放置された。35         人いた遺跡保存官はポルポト派によって虐殺され、生き残ったのはわずか3人だった。アジアの宝         は崩壊を待つばかりだった。
         「亡くなった友のために、そして民族の誇りを取り戻すために、アンコールワットを修復したい。         」生き残った保存官の一人、ピッ・ケオさんは、助けを日本の友に求めた。
         その男は戦前、カンボジアの技術者と共に、アンコールで修復に汗を流した鹿児島大学の教授(現         上智大)・石澤良昭だった。
         「金だけの支援はしない。一から修復技術者を育て、彼らの手でアンコールワットを蘇らせる。」         石澤は、アンコール遺跡国際調査団を組織し、「石の心を読む」といわれたベテラン石職人、小杉         孝行の協力を得てカンボジアへ渡った。
         集まった現地の若者は20人。しかし修復への道のりは、困難を極めた。
         「伝統的な石職人の技を全て伝えたい。」小杉は、日本と同様、厳しい修行を始めた。しかし、生         活のためと割り切って働くカンボジアの若者達に、職人の心は伝わらなかった。
         重い石に負けない体力を付けさせようと米や肉を持たせても、家族に食べさせてしまう貧しさが立         ちはだかった。
         「一人前の石職人になって欲しい。」時には、手が出るほどの厳しさに耐えられず、辞めていく者         が相次いだ。
         「アンコールワットを作り上げた君たちの祖先の仕事はいかにすごいか。」団長の石澤は、歴史を         知らない若者達に必死に説き、懸命に皆をまとめた。
         7年に及ぶ修行期間が終わり、今年ようやく本格的な修復作業に入ったアンコールワットの西参道         。日本人とカンボジア人が、激しくぶつかり合う中で心を通 わせ、一人前の石職人が誕生するま         でのドラマを描く。
       アンコール 「世界を驚かせた一台の車」〜名社長と闘った若手社員たち〜  
         アメリカの「マスキー法」に定められた厳しい排ガス規制を初めてクリアし、世界をアッといわせ         たホンダの「CVCCエンジン」。驚異的な低公害エンジン誕生の陰には、社長・本田宗一郎氏と         若き技術者たちの激しい格闘の物語があった。
         昭和44年、人気車種に欠陥が見つかったことから、会社存亡の危機に立たされたホンダは、20         代の技術者を中心に"低公害エンジンプロジェクト"を立ち上げる。先発大企業の技術の「改良」を         試みる若手に対し、独自技術の開発にこだわる社長・本田宗一郎氏。
         4年後、プロジェクトは、F1レースで培ってきた「ガソリンを徹底的に燃焼させる」技術を一般          エンジンに持ち込み、全く新しい方法で低公害化を実現する。「これで世界一の自動車会社になる         」と喜ぶ社長に、若手は「私たちは社会のためにやっているのだ」と反発した。この言葉を聞いた         本田宗一郎氏は「自分の時代は終わった」と、まもなく社長の座を降りる。
         試行錯誤のエンジン開発の陰で繰り広げられた、名社長と若手技術者たちの世代を越えた心の交流         を描く。 
                  DATA  デッキ・・・・・  SONY      SL−D200
                                                            EV−PR2                                                              テープ・・・・・  TDK        MP120
                            放  送・・・・・  平成13年11月20日  NHK(A)
                            12月 4日    (B)
                            録  画・・・・・  放送日に同じ
                            ダビング・・・・  放送日に準ずる
7−8946  プロジェクトX                    SP  HI8   Time     min
     A アンコール 「国境を越えた救出劇」〜大やけどのコンスタンチン君・命のリレー〜
         1990年8月20日の夕方、旧ソ連のサハリンで、3歳の男の子が大やけどを負った。誤って熱         湯が入ったバケツを倒したためだった。コンスタンチンくんの親は、医療技術が進んだ日本で手術         が受けられないかと知り合いに相談。北海道庁に連絡を取った。その一本の電話がきっかけで、前         例のない超法規的措置が、外務省、法務省、海上保安庁の間で検討されていく。「ビザはどうする         のか」「飛行経験のないソ連領空を安全に飛べるのか」「手術に失敗したら日本の恥にならないか         」…しかし、関係者は様々な思惑を超えて、見知らぬ 幼児の命を救うことを最優先に掲げる。最         初の電話からわずか17時間後、海上保安庁の輸送機がサハリンへ飛び、コンスタンチンくんは札         幌医科大で手術を受けた。両親は涙ながらに日本人への感謝を述べ、ゴルバチョフ大統領も謝意を         表明した。
         小さな命を救おうと、東西冷戦末期、日本とソ連との間で交わされた、「善意」のバトンタッチを         描く。
       76  「王が眠る 神秘の遺跡」〜父と息子・執念の吉野ヶ里〜
         平成元年2月。佐賀県の小さな丘から発見された弥生時代の遺跡が、日本中の注目を集めた。吉野         ヶ里、九州での高い文化の存在を示す巨大遺跡である。わずか2ヶ月で100万人もの観光客を集         め、古代史ブームを巻き起こした。その影には地元に住むある親子のドラマがあった。
          昭和35年、高校で歴史の教師をしていた七田忠志(47歳)は、土器片が見つかる町はずれの         「吉野ヶ里の丘」に興味を示し、息子・忠昭を連れて通 い始めた。「わが故郷には、すごい古代         文明があった」。そう確信した忠志は、数多くの論文を発表。しかし、「そんな田舎にあるはずが         ない」と誰にも相手にされず、失意のうちに亡くなった。
          そして、昭和61年、吉野ヶ里に工業団地の建設計画が持ち上がる。それに先立つ発掘調査の指揮         を執ったのが、県の文化課に勤めていた息子の忠昭だった。父の夢をつなごうと、5人の若手職員         を率いて、発掘を続けた。するとまもなく、巨大な集落跡が出現、日本有数の弥生遺跡であること         が明らかになる。しかし、工業団地を造成するブルドーザーがの乗り込み、遺跡の運命は風前の灯         火となった。忠昭はわずかな望みをかけ最後の発掘に挑む。そこには日本の歴史を書きかえる世紀         の発見が待っていた。
          故郷の誇りを取り戻そうと、必死に大地と格闘した親子の30年に渡る情熱の物語を描く。
                  DATA  デッキ・・・・・  SONY      SL−D200
                                                            EV−PR2                                                              テープ・・・・・  TDK        MP120
                            放  送・・・・・  平成13年12月11日  NHK(A)
                       平成14年 1月15日    (B)
                            録  画・・・・・  放送日に同じ
                            ダビング・・・・  放送日に準ずる
7−8947  プロジェクトX                    SP  HI8   Time     min
     A 75 「あさま山荘 衝撃の鉄球作戦」
         日本屈指の避暑地・軽井沢。30年前、閑静な別荘地は、突然の大事件に見舞われた。「あさま山         荘事件」。連合赤軍が、山荘の管理人夫人を人質にたてこもった。
         動員された警察官は、延べ3万5千人。犯人から激しい銃弾が撃ち込まれた。
         10日間・218時間に及ぶ攻防は、日本の犯罪史上、最長の人質救出劇となった。
         しかし、「あさま山荘事件」を解決したのは、警察官たちの力だけではなかった。
                  「俺たちが築いてきた別荘地を守りたい…」 多くの地元住民が、突入作戦を陰で支え続けた。
                 番組では、事件解決のために奔走した陰の立て役者たちにスポットを当てる。
                 事件から30年目にあたる2002年、最初の「プロジェクトX特集」とする。
                  ■ 第1部
                 20時台の前編は、「軽井沢駅での連合赤軍発見」から「突入前夜」までの9日間を描く。
                 昭和40年代、日本が高度成長をひた走っている頃、軽井沢の南に人口50人の山村があった。住                  民達は「都会のサラリーマンの憩いの場にしたい」と、裏山を別 荘地に造成した。  昭和47年                  2月。この平和な別荘地に、突然悲劇が襲った。保養所の管理人を人質に、「連合赤軍」のメンバ                  ー5人が立てこもった。
                 犯人はおびただしい数の銃弾、それに爆弾も持っていた。断崖絶壁に立つ「あさま山荘」は難攻不                  落の要塞。警察との睨み合いは1週間を超えた。
                 前線に立つ警察を支えたのは地元住民だった。氷点下20度の寒さから、警官隊を守ったのは村の                  女達が作った温かい握り飯。男達は、犯人の銃弾から身を守る土嚢はを作った。そして秘密兵器、                  あの鉄球クレーンの操作を駆って出たのは、重機オペレーターの兄弟だった。
                 前編は、故郷を自らの手で守ろうとする住民達の知られざるドラマを描く。
                  ■ 第2部
                 21時台の後編は、「突入前夜」から「人質救出・犯人逮捕」までの24時間を描く。
                 事件発生から10日目、「これだけ多くの支援を受けた作戦が成功しないわけがない」指揮官は決                  断する。鉄球作戦は見事成功、警官隊は一斉に突入を開始した。
                 しかし、犯人たちは激しく抵抗。二名の隊員が殉職、負傷者が続出した。更にアクシデントが続く                  。絶大な効果 を発揮した秘密兵器「鉄球クレーン」が急に動かなくなった。犯人の銃撃を押さえ                   込む「高圧放水」も、水が尽きた。
                 作戦の継続か、中止か。絶体絶命の窮地を救ったのは、隣の群馬から駆けつけた消防署員だった。                  最新鋭の消防車が400mの谷底から水をくみ上げ、再び「高圧放水」が可能となった。そして、                  自ら志願した決死の突入部隊が、銃弾をかいくぐり人質を無事救出、犯人を逮捕した。
                 後編は、住民の後押しを受け、史上最大の人質救出作戦を果たした男達の物語。
                  DATA  デッキ・・・・・  SONY      SL−D200
                                                            EV−PR2                                                              テープ・・・・・  TDK        MP120
                            放  送・・・・・  平成14年  1月 8日  NHK
                            録  画・・・・・  放送日に同じ
                            ダビング・・・・  放送日に準ずる
7−8948  プロジェクトX                    SP  HI8   Time     min
     A 77 「医師たちは走った」〜医療革命 集団検診〜
         昭和34年、信州の人口6000人の小さな村・八千穂村で、日本の医療を変えた画期的な試みが         始まった。全住民を対象にした「集団検診」である。
         高度成長に向かう日本の中で、農村医療は取り残されていた。過酷な暮らしで、脳卒中や結核が絶         えなかった山間の村々。しかし、現金収入のない農民たちは「病気は恥だ」と我慢した。医者にか         かるのは手遅れになってから。死亡診断書を書いてもらうためだった。
         「農民たちを救いたい。」立ち上がった一人の医師がいた。佐久病院院長・若月俊一。信州の赤ひ         げと呼ばれた男だった。新米医師や看護婦、そして村人の代表も集まった。「手遅れの患者を減ら         すには、病気を未然に防ぐことが必要だ。」若月たちが始めたのは、前代未聞の「全村集団検診」         。農閑期の冬、医師たちは集落の公民館を回った。
         しかし、幾多の困難が待ち受けていた。問診で衣食住を聞かれることに、村人は抵抗した。村議会         でも不要論が出た。医師たちは、皆に足を運んでもらえるよう、手作りの芝居を上演した。検診会         場で高血圧を減らすための味噌汁も作って見せた。
         やがて集団検診がきっかけで、一人の糖尿病の男性の命が救われ、人々の見る目が変わった。昭和         41年、ついに八千穂村の一人あたりの医療費は全国平均を大きく下回った。集団検診はその後全         国に広まってゆく。
         医師たちの熱い思いと、農民たちとの交流を通して、農村医療の基礎を作った姿を描く。
       78 「炎を見ろ 赤き城の伝説」〜首里城・執念の親子瓦(がわら)〜
         かつて、沖縄の地に栄えた琉球王国。その王宮、首里城は「壮麗な赤い城」と呼ばれた。燃えるよ         うな朱塗りの柱。深みを帯びた壁の弁殻。そして、気品ある赤瓦の屋根。城は、人々の誇りだった         。
         しかし、昭和20年の沖縄戦で、城は跡形もなく崩れ去った。戦後、米軍統治のもと、沖縄の風景         は激変、伝統の赤瓦の家並みはコンクリート建てになった。「あの伝説の赤い城を取り戻したい。         」人々の願いに応え、昭和60年、首里城を復元するプロジェクトが生まれた。
         琉球史の研究者・高良倉吉をはじめ、技術者や各分野の専門家が集まった。復元の手がかりは、少         なかった。戦前撮影された写真は全て白黒、肝心の赤い色がわからなかった。高良たちは必死に古         文書を当たった。ある日、18世紀の首里城改修の記録「寸法記」を発見。そこに記された手がか         りをもとに、高良たちは、いにしえの赤を求め、アジアに飛んだ。
         さらに最大の課題は、5万5千枚の赤瓦。気品ある赤の色に加えて、吸水率が低い強い瓦を焼く最         高の技術が必要とわかった。沖縄中の瓦業者に頼んだが、誰も引き受けなかった。
         その時立ち上がったのは、瓦屋の三男坊で画家の奥原崇典。城の復活を夢見る重病の父・崇実に代         わり、莫大な借金をして窯を作った。しかし、失敗は4万枚に及ぶ。ある日、寝たきりだった父が         工場に現れた・・・
         ふるさとの誇りを取り戻すため、幻の赤い城の復活に挑んだ人々のドラマを描く。
                  DATA  デッキ・・・・・  SONY      SL−D200
                                                            EV−PR2                                                              テープ・・・・・  TDK        MP120
                            放  送・・・・・  平成14年  1月22日  NHK(A)
                             2月 5日    (B)
                            録  画・・・・・  放送日に同じ
                            ダビング・・・・  放送日に準ずる
7−8949  プロジェクトX                    SP  HI8   Time     min
     A 79 「ゆけ チャンピイ 奇跡の犬」〜日本初の盲導犬・愛の物語〜
         「一人で自由にどこへでも歩いて行きたい。」昭和32年夏、光を失った若者の夢を叶えた一頭の         犬が登場した。名はチャンピイ。日本初の盲導犬となったシェパードである。
         チャンピイを育て上げたのは、絶望の淵で出会った二人の若者だった。
         18歳で突然失明した河相洌。大学中退を余儀なくされ母の付き添い無しには一歩も外に出歩けなか         った。その時、生後半年のチャンピイをもらった。「この犬を訓練して街を歩けないか。」
         訓練をかって出たのは塩屋賢一。26歳のとき勤めていた会社が倒産。死の病とされた結核を患い、         再就職も叶わなかった。自宅に犬の学校を開き、金持ちの犬をしつけて食いつないでいたが、何か         むなしかった。人の役に立つ仕事を成し遂げてみたかった。
         しかし、二人の行く手には難問が山積していた。
         「畳文化の日本では座敷に犬をあげられない。」「犬なんか信用できない。妻に引かせろ。」盲導         犬反対論が吹き荒れていた。
         しかも、盲導犬には高度な判断力が必要だった。道を横断するときは、主人が進めと命令しても、         車が来ていれば、命令を無視しなければならない。しかし、盲導犬育成マニュアルは世界中どこに         も存在しなかった。塩屋は手探りで訓練方法を考え出すしかなかった。
         そんなある日、塩屋は、妻子そっちのけでチャンピイと24時間寝食を共にすることを決意する。         そして、主人を喜ばせたいという犬の忠実な性格を信じ、誰もが想像しなかった訓練方法を編み出         していく。
         そして迎えた運命の最終試験。コースは難所続きだった。坂道、階段、そして車が行き交う大通          り。チャンピイは、果たして河相と共に無事、戻ってくることができるのか。
         日本初の盲導犬チャンピイ誕生に命をかけた人々の愛と絆の物語を描く。
       80 「突風平野 風車よ闘え!」〜執念がエネルギーを生んだ〜
         昭和58年、空前の大ヒットとなった連続ドラマ「おしん」。豪雪が貧困をもらたした山形の中で         、さらなる苦しみを背負った町がある。山形県立川町。最上川から吹き付ける強烈な風と格闘を続         けてきた。
         奥羽山脈から庄内平野に吹き下ろす「清川だし」、日本三大悪風と言われる。 4日に一度、風速         10m以上の風が吹き、春は早苗を押し流し、秋は稲穂をなぎ倒した。「立川だけには嫁に出すな         」近隣の市町村には嫌な噂があった。
         「風を逆手にとって農業に生かそう」
         昭和55年、役場の企画課に風プロジェクトが発足。風力発電を行い、そのエネルギーで温室栽培         を行い、余った電力を電力会社に売るという日本初の試みが始まった。
         早速、小型風車を購入。温室で山菜が実り始めた。
         町で最も貧しい農家、長南一美。「この風が生活を変えてくれる」と期待した。
         しかし、間もなく小型風車は「清川だし」に吹き飛ばされた。
         その翌年、科学技術庁から風力発電のモデル地区に選ばれた。国から委託された新型風車で、養豚         場のヒーターが回った。
         「今度こそ」農家の長南は温室をたて、野菜や花の苗を育て、実用化に備えた。
         しかし5年後、新型風車も地吹雪に叩き落とされた。
         昭和63年、3度目のチャンスが訪れた。「ふるさと創生一億円」。これを資金に「清川だし」に         負けない本格的な風力発電に取り組んだ。しかし、メーカーが出した見積もりは12億円。海外か         ら輸入しようにも前例が無く、国の許可は下りなかった。
         しかし企画課の職員は諦めなかった。担当官の前に座り込み、粘り強く交渉を続けた。 農家の長         南一美は子供達のために絵本を作った。「子や孫に誇れる町にしよう」と反対する農家を説得した         。
         そして平成3年、アメリカから巨大風車3機を輸入した。
         「清川だし」を見事に受け止め、勢いよく回り始めた。
         現在、イチゴの温室栽培を始め、電力会社への売り上げが年間8千万円に上る立川町。苦しめられ         た風を、希望の風に変えた住民達の執念の物語を描く。
                  DATA  デッキ・・・・・  SONY      SL−D200
                                                            EV−PR2                                                              テープ・・・・・  TDK        MP120
                            放  送・・・・・  平成14年  2月12日  NHK(A)
                               19日    (B)
                            録  画・・・・・  放送日に同じ
                            ダビング・・・・  放送日に準ずる
7−8950  プロジェクトX                    SP  HI8   Time     min
     A 81 「決断 命の一滴」〜白血病・日本初の骨髄バンク〜
         白血病は、毎年5000人が発症する血液のガン。原因は不明で、老若男女、誰もが突然襲われる         。薬で完治する確率は3分の1と言われ、残りは、血液を作る骨髄を他人から移植する『骨髄移植         』しか手だてはない。その仲介をするのが骨髄バンクだ。
         昭和61年、大学院生だった大谷貴子は、就職が始まった矢先、突然白血病の宣告を受けた。骨髄         移植を受けなければ助かる見込みはなかった。骨髄の型が適合し、移植が可能になるのは兄弟で2         5%、他人では数千分の1と極めて低い。大谷は、必死の提供者探しの後、奇跡的に母親と適合し         、生還した。
         しかし、入院中に、同じ病の苦しみをいやし合い、姉妹のように過ごした1人の少女は、提供者が         見つからず、中学3年生の15才で亡くなる。
         大谷は、少女の死に衝撃を受けた。「誰もが移植を受けられる世の中にならないか」そして、自分         の移植を担当した医師、森島泰雄と共に、日本初の骨髄バンクを作るプロジェクトが発足した。
         しかし、世間は冷たかった。「赤の他人のために、なぜ骨髄を取られなければいけないのか。」忙         しい仕事を休み手術を受けるわずらわしさ、無関心、さらに、登録者1人につき数万円かかる検査         費用の捻出が壁となった。
         平成元年、9月。やっとの思いで第1号移植への道が見えてきた。日本初の提供者は40才男性。         岐阜の市役所職員だった。恐怖、使命感、手術が近づく中、1人の男の心は揺れた。そしてその決         断に骨髄バンクの未来がかかった。
         今や、白血病患者の命を救うかけがいのない制度となった骨髄バンク実現のため、ボランティアで         心血を注いだ人々のドラマを伝える。
       82 「富士山レーダー 男たちは命をかけた」〜巨大台風から日本を守れ〜
         (第1回 2000年3月28日放送)
                  20世紀を変えた電気通信技術に贈られる技術界のノーベル賞「IEEE賞」。2000年の受賞                  は、日本が生んだ世界最大の気象レーダー「富士山レーダー」に決まった。
                 日本列島を台風から守るため、富士山頂に建設された巨大レーダーは、あらゆる意味で常識破りな                  プロジェクトによる産物だった。入札制度を無視して強行された「気象庁の官民プロジェクト」結                  成、標高3700mという史上例のない高地での大規模土木工事。そして、乱気流が渦巻く世界有                  数の危険空域・富士山頂への“巨大レーダー”空輸など。
                 昭和39年8月15日、元ゼロ戦パイロットが熟練の操縦技術でヘリコプターを操り、620kgに                  およぶ巨大レーダーを富士山頂に送り届けることに成功。世界最大の気象レーダー建設に情熱を傾                  けた、官民プロジェクトの「不可能」への挑戦を描く。
                  <登場する主な人物>
                  藤原寛人さん(当時、気象庁観測部補佐官)
                  伊藤庄助さん(当時、富士山レーダー建設工事の現場監督)
                  神田真三さん(当時、レーダーのドームを富士山頂までヘリコプターで空輸)
                  DATA  デッキ・・・・・  SONY      SL−D200
                                                            EV−PR2                                                              テープ・・・・・  TDK        MP120
                            放  送・・・・・  平成14年  2月26日  NHK(A)
                             3月 5日    (B)
                            録  画・・・・・  放送日に同じ
                            ダビング・・・・  放送日に準ずる
7−8951  プロジェクトX                    SP  HI8   Time     min
     A アンコール 「青函トンネル 友の死を越えて」〜24年の大工事〜
         (第3回 2000年4月11日放送)
                 24年におよぶ歴史的難工事の末、完成した「青函トンネル」。最初のパイロット坑である「先進         導坑」を堀り抜いたのは、鉄建公団の若き技術者と、トンネル工事のプロ職人74人を中心とした         プロジェクトだった。
               複雑な地層を掘り進む海底掘削工事は、出水との戦いであった。プロジェクトは、試行錯誤の末、         岩盤に細かな注入穴を空け、高圧で特殊なセメントを流し込み地層を固めて掘り進むという新技術         を開発する。
               しかし難工事のなかで死亡事故が続発。昭和44年には大規模な出水事故に見舞われもした。この         事故を全員で乗りきったことが、その後の出水対策を飛躍的に進歩させる原動力となる。
               昭和58年、仲間の遺影が見守るなか、先進導坑貫通の瞬間を迎えた。青函トンネルに人生を賭け         たトンネルマン達の苦闘と情熱を描く。 
                ゲスト:作家 なかにし礼さん
                    元日本鉄道建設公団 横山章さん
                    元日本鉄道公団 竜飛基地総号令 大谷豊二さん
       82 「決戦 人類最強の敵」〜日本人リーダー 天然痘と闘う〜
                  かつて、6千年に渡り人類を苦しめた病があった。「天然痘」。 感染すると、発疹が全身に広が                   り、激しい痛みをもたらす。奈良の平城京、南米のアステカ文明を壊滅的な状況に追いやった悪魔                  の病である。今から20年前、その根絶を成し遂げたのは、日本人リーダーに率いられた国際プロジ                  ェクトチームだった。
                  厚生省職員の蟻田功(ありたいさお)。1962年、蟻田は、出張したアフリカで、子供が次々と天然                  痘の犠牲になる現実に直面 、衝撃を受けた。その後、蟻田はスイス・ジュネーブに飛ぶ。WHO(世                  界保健機関)の天然痘根絶計画に参加するためだった。しかし、メンバーは何とただ一人。予算も                  なかった。しかし、蟻田の情熱に打たれ、国も民族も宗教も異なる40人の男性が集結。人類最強の                  敵との闘いに挑んだ。
                  しかし、天然痘の最後の巣窟は、ゲリラが跋扈(ばっこ)するアフリカの紛争地帯。しかしプロジ                  ェクトメンバーは現地に残り、命がけのワクチン接種を続ける。そして、遂に、天然痘根絶に手が                  届いたと思われた時、メンバーの一人がゲリラに拉致され、消息を絶ってしまう。
                  このまま、天然痘根絶は、夢と消えるのか。日本人リーダー蟻田は、その時、想像を絶する決断を                  下した・・・。
                  日本人リーダーを中心に、のべ73カ国、20万人が参加し、1980年に成し遂げられた奇跡のプロジェ                  クト、天然痘根絶。その壮大なドラマを描く。
                  DATA  デッキ・・・・・  SONY      SL−D200
                                                            EV−PR2                                                              テープ・・・・・  TDK        MP120
                            放  送・・・・・  平成14年  2月12日  NHK(A)
                               19日    (B)
                            録  画・・・・・  放送日に同じ
                            ダビング・・・・  放送日に準ずる
7−8952  プロジェクトX                    SP  HI8   Time     min
     A 83 「国産コンピューター ゼロからの大逆転」〜日本技術界 伝説のドラマ〜
         昭和49年、一台のコンピューターが世界中を驚愕(がく)させた。富士通が開発した大型コンピ         ューター「M190(アメリカでの型式「470V/6」)」。世界最速の演算速度を実現し、巨大企業         IBMの性能を凌駕(りょうが)し、NASAやベル研究所など、世界最高の頭脳集団へ輸出され         た、初の国産コンピューターである。
         開発が始まったのは昭和20年代、リーダーは当時弱小の電話機製造メーカー富士通の技術者、池         田敏雄。後にミスターコンピューターと呼ばれる男である。プロジェクトルームはトンカツ屋に、         駅のホーム。会社には行かず、様々な場所で若手と議論を闘わせた。
         「開発は感動から始まる」「挑戦者に無理という言葉はない」
         立ちはだかったのは世界シェア7割を占める巨人IBM。資金力や技術力の差は「象と闘う蚊のよ         うなものだ」と笑われた。池田達が何度、コンピューターを開発しても、更に性能の高いIBMの         コンピューターが市場を席巻していった。
         昭和39年、IBMは新世代コンピューター「360」を開発。これまで使用目的に合わせ一台一         台製造するのが常識だったのに対し、ソフトさえ入れ替えれば、一台で様々な機能を果たすことが         できる革命的なコンピューターの登場だった。世界最大手の電機メーカーアメリカのGEや、テレ         ビや液晶を開発したRCAすら、コンピューター部門から撤退していた。
         しかし池田は諦めなかった。当時不可能といわれた大規模集積回路「LSI」の搭載に挑んだ。4         ミリ四方に数千本もの配線。チップの温度は瞬く間に200度を超え、焼き切れた。LSI同士を         つなぐ配線は複雑に絡み合い、まるで「もりそば」。設計は困難を極めた。3年後いよいよIBM         を凌駕する演算速度を持ったコンピューターが完成する目前、信じられない悲劇が襲った。
         ゼロから出発し、世界最高の「頭脳」を作り上げた日本の技術者達の、伝説のドラマを描く。 
       84 「運命のZ計画」〜世界一売れたスポーツカー伝説〜
         昭和45年、一台の日本製スポーツカーが登場した。
         フェアレディーZ。発売後たちまちアメリカ市場を席巻し、スポーツカーとしては世界一、140         万台の売り上げを記録した伝説の名車である。開発の陰には、日の当たらない部署で仕事に打ち込         んでいた自動車マンたちの執念があった。
         昭和35年、一人の男がアメリカに渡った。片山豊、50歳。日産自動車で宣伝畑を歩いていたが         、突然渡米を命じられた。当時、日本車の輸出は始まったばかり。片山は売り込みに走るが「二流         の車」と言われ、全く売れなかった。
         ある時、片山はスポーツカーに目をつける。ポルシェやジャガーなど人気のスポーツカーは、庶民         には高嶺の花。「手頃な値段で高性能のスポーツカーを作れば、きっと売れる。二流のイメージも         払拭(ふっしょく)できる。」
         しかし、当時は大衆車が主流。スポーツカーなど売れないと猛反発にあう。その時、立ち上がった         のは、遊園地のゴーカートを作っていた若手デザイナー、バキュームカーなど特殊車両専門の設計         者、農機具修理からたたき上げた子会社の技術者たち。皆、いつかは自分たちの手で花形の車を作         りたいとの思いを秘めていた。
         開発は、デザインとハードの激しいせめぎ合いとなった。デザイナーが思い描いたのは、斬新な低         い流線型のシルエット。しかし、新型6気筒エンジンを積み込むと、ボンネットに収まらず出っ張         った。特徴的な短い後部のため、ガソリンタンクとギアがぶつかり、故障した。メンバーは試行錯         誤を重ね、東名高速でテスト走行を繰り返す。
         全くの手探りで開発に挑んだ日本製スポーツカーが、世界的評価を獲得するまでの知られざる自動         車マンたちのドラマを描く。
                  DATA  デッキ・・・・・  SONY      SL−D200
                                                            EV−PR2                                                              テープ・・・・・  TDK        MP120
                            放  送・・・・・  平成14年  4月 9日  NHK(A)
                               16日    (B)
                            録  画・・・・・  放送日に同じ
                            ダビング・・・・  放送日に準ずる
7−8953  プロジェクトX                    SP  HI8   Time     min
     A 86 「制覇せよ 世界最高峰レース」〜マン島・オートバイにかけた若者たち〜
         昭和36年、日本製のバイクが世界の度胆を抜いた。オートバイのオリンピック「マン島TTレー         ス」で、ホンダのマシンが1位 から5位を独占した。日本初の快挙の裏には「友の夢を果たす」         という男達の誓いがあった。
         昭和29年、本田技研工業は経営危機に陥っていた。不況と相次ぐマシントラブルへのクレーム。         ある日、本田宗一郎はみかん箱の上に立つと従業員の前で宣言した。「オートバイ最高峰のレース         を制覇し、日本の若者に希望を与える」
         レース用のマシンの開発は、河島喜好ら若き技術者に託された。 斬新なアイデアを盛り込み試作         したエンジンは、思うように動かず、馬力ゼロだった。 「日本人が勝てるわけがない」屈辱をバ         ネに出場した前哨戦、惨敗だった。
         ライダーは社内から公募した。限界までコーナーを攻め続けた秋山邦彦。海外から、マン島レース         の実況を録音したレコードを取り寄せ、手探りでレースの戦略を練った。開発現場に足繁く通 い         、設計に注文をつけた。
         開発から5年、マン島へ飛び立つ直前、悲劇が襲った。映画の撮影に協力するため箱根を走ってい         た秋山が、トラックと正面 衝突。帰らぬ人となった。河島たちメンバーは、秋山の遺髪をマン島         全景が見渡せる小高い丘に埋め、優勝を誓った。
         しかし、結果は最高6位。ヨーロッパ車との性能の差は歴然だった。それから2年、技術者達はマ         シンの開発に全てを賭けた。1000分の1秒の狂い無く動くエンジンの設計。何万通 りを数え         るギアの組み合わせ。そしてライダー達は、石をつめたリュックをかつぎ、高速コーナーに耐えう         る足腰を鍛えた。 そして昭和36年6月12日、秋山の志を胸に運命のスタートラインに立った         。
         後に「まるで時計のような精密さ。アイデアに満ち溢れた完璧なエンジン」と世界から絶賛された         マシンが、出走の時を待っていた。
       87 「東京ドーム 奇跡のエアー作戦」
         昭和63年3月。日本初の屋根付き球場・東京ドームが誕生した。雨天中止がなくなったプロ野球         、夢の球場に日本中が驚いた。可能にしたのは、テフロンで強化した布製の膜材を屋根に使う「膜         構造建築」技術。その陰には、テント一筋に生きてきた技術者達の意地をかけた壮絶な物語があっ         た。
         昭和45年の大阪万博で、最も注目を集めた建物があった。世界初のエアドーム「アメリカ館」だ         った。柱を使わず、空気圧だけで膜屋根を支える。工期が短く、コストも安い。手がけたのは、戦         後ミシン一台で出発したテント会社・太陽工業の技術者たちだった。しかし、万博終了後「アメリ         カ館」は、あえなく燃やされた。当時の建築基準法では、膜屋根は「仮設」扱い。恒久建築物には         使えなかった。「所詮、俺たちはテント屋か。」技術者たちは辛酸をなめた。
         それから10年。「テント屋」達に再びチャンスが巡ってきた。プロ野球の檜舞台・後楽園球場に         代わる、屋根付き球場建設計画が持ち上がったのである。オイルショックによる不況、スター選手         の引退。新球場は、低迷する興行成績の挽回策だった。
         全体施工を担当する竹中工務店と、太陽工業とのプロジェクトが出来た。法律の壁を突破するため         、実験棟を建て、台風の中、安全性を証明するデータを採った。建設省に日参し、やっと建築許可         を得たものの、今度は近隣の日照権問題が発生。やむなく屋根を北側に傾斜させる前代未聞の設計         となった。一枚一枚異なる布の強度。膜を支えるケーブルの微妙な張り具合。傾斜屋根は、さらに         作業を複雑で困難なものにした。
         そして迎えた「インフレート(空気圧で屋根を押し上げる最後の作業)」の日。一つ間違えばケー         ブルが大きく跳ね、膜を破ってしまう。メンバーは、厚さ0.8ミリの膜屋根の上に乗り、命がけ         で作業に当たった。
         今や、全天候型スポーツ施設として、日本中に普及した膜構造建築。そのさきがけとなった東京ド         ーム誕生に賭けた人々の熱いドラマを描く。
                  DATA  デッキ・・・・・  SONY      SL−D200
                                                            EV−PR2                                                              テープ・・・・・  TDK        MP120
                            放  送・・・・・  平成14年  5月 7日  NHK(A)
                               21日    (B)
                            録  画・・・・・  放送日に同じ
                            ダビング・・・・  放送日に準ずる
7−8954  プロジェクトX                    SP  HI8   Time     min
     A 85 「わが友へ 病床からのキックオフ」〜Jリーグ誕生 知られざるドラマ〜
                  今年6月、開かれるサッカーワールドカップ。この世界最大のショーに地元日本は史上最強と呼ば                  れる代表チームで挑む。今や、野球を凌ぎ、国内最大の競技人口を誇るサッカー。全ては、10年                  前に誕生したプロリーグ「Jリーグ」に始まった。
                  かつて日本サッカーは、オリンピック、W杯の予選に勝てず、嘲笑を受け続けていた。選手の所属                  する企業は、スポーツを宣伝と考え、社員選手の身分は不安定だった。会社を追われる者もいた。                  サラリーマン選手が頂点のサッカーに、夢を抱く子供は殆どいなかった。
                  「企業スポーツから脱却して、老若男女、地域密着のプロリーグを作りたい」立ち上がったのは、                  不治の病に倒れ、夢破れた元サッカー選手・木之本興三。奇病・グッドパスチャー症候群にかかり                  、腎臓を切除。数年の命と宣告されていた。木之本の情熱に、高校からマネージャー人生一筋の男                  や、日本サッカー界に絶望し、一度はサッカーを捨てた男たちが集結する。
                 しかし、その道は、困難を極めた。スポーツのアマチュアリズムを掲げる日本サッカー協会は反対                  。しかも、チーム名から企業名を外すことに、スポンサーの大企業が猛反発した。「100年かか                  っても無理だ」。周囲の目は冷たかった。しかし、木之本は、週三回、人工透析を続けながら、執                  念で説得を続けていく。
                  番組では、地域密着のプロリーグ・Jリーグ創設に命を賭けた男たちの、情熱と友情のドラマを描                  く。
       アンコール 「史上最大の脱出作戦 13時間のドラマ」〜三原山大噴火・緊急チームの闘い〜
          (第10回 2000年5月30日放送)
         1986年11月21日、伊豆大島の三原山が大噴火。流れ出た溶岩がゆっくりと住宅地区に迫り始めてい                  た。島内4地区に散らばる一万人の島民をどう脱出させるのか、町役場では関係者の知恵を寄せ集                  めた急造の対策プロジェクトが動き出した。
                 島民を輸送するバス・船会社、避難を誘導する消防団、無線網を握り溶岩を監視する警察…家族を                  心配しながらも、男たちは自分たちの職分を尽くそうと立ち上がった。東京電力の出張所では、発                  電機を回し、夜間の避難と防災活動を支えるため、3人の職員が島に留まらざるを得なくなった。                   勤務していた職員は6人、すべてが幼い子持ち。しかし、まず、自分が残ることを決めた所長が「                   あと2人頼めるか」と涙ながらに聞いたとき、すべての男たちが静かに手を挙げた。
                 夕方から早暁にかけての13時間、一人の犠牲者もなくパニックを起こさずに島外脱出ができたこ                  とは、奇跡といわれた。自分をおいて島民全てのために動いた男たち。島民たちの結束力の強さに                  裏付けられたその13時間のドラマを描く。
                  DATA  デッキ・・・・・  SONY      SL−D200
                                                            EV−PR2                                                              テープ・・・・・  TDK        MP120
                            放  送・・・・・  平成14年  4月23日  NHK(A)
                             5月14日    (B)
                            録  画・・・・・  放送日に同じ
                            ダビング・・・・  放送日に準ずる
7−8955  プロジェクトX                    SP  HI8   Time     min
     A 88 「命の水 暴れ川を制圧せよ」〜日本最大 愛知用水・13年のドラマ〜
         昭和36年、木曽川の上流から知多半島の突端まで、120キロの田畑を水が潤していった。構想         から13年、総工費423億円の「愛知用水」。長年、干ばつに苦しめられてきた農民達の執念が         、日本初の巨大プロジェクトを動かした。
         大きな川のない知多半島。雨水を溜めた池が農民達の生活を支えていた。農家の5男に生まれた濱         島辰雄。幼い頃、「池番」という見張り役を一日中続けた。池の水を引く順番は厳しく決められ、         例え親戚 であっても一滴も渡せなかった。
         昭和22年、大干ばつが襲った。その時、農家の久野庄太郎は、木曽川から水を引くことを思い立         つ。それを新聞で知った濱島。久野の元に駆けつけ、運命の出会いを果 たす。 久野と共に、ルー         ト作成のため半島全土を歩き、緻密な測量を行った。3ヶ月後、愛知用水の計画図が完成。半島1         市25町村の代表が集まり、昭和23年「愛知用水期成会」が結成された。 濱島は高校教師を辞         め、末端水路の整備にかけた。久野は親から受け継いだ田畑を全て売り払い活動費にあてた。
         最初の課題は莫大な建設費。二人は首相、吉田茂に直談判。国の協力を取り付けた。 昭和32年         、工事が始まった。最難関は水源となるダムの建設だった。基礎工事の最中に火山性の有毒ガスが         噴出。土砂崩れや落盤など、死傷者が続出した。 「自分達が用水を望まねば、こんなことにはな         らなかった」 濱島と久野の2人は断腸の思いだった。犠牲者の冥福を祈り続けた。
         昭和36年、壮絶な工事が終わりダムと水路が完成。9月30日、愛知用水への放水が始まった。         知多半島突端の村では、住民総出で水を迎え、神棚に水を供えた。 
       アンコール 「ガンを探し出せ」〜世界初 胃カメラ開発〜(第4回 2000年4月18日放送)
         人間の体内をのぞき、ガンを早期発見したい…。医学界、積年の夢を世界に先がけて実現したのは         、30代の若き日本人医師と技術者によるタッグ・チームだった。
         昭和24年、東京大学附属病院の副手だった宇治達郎氏(30歳)は、死因の上位 を占める胃ガ         ンを早期発見するため、わずか直径12ミリのカメラの開発をオリンパス光学に持ちかけた。欧米で         も不可能と思われていた超小型カメラの開発――宇治医師と技術者は、常識を超えた発想で難問に         挑んでいった。
         レンズは顕微鏡磨きの名人に依頼、フィルムは市販の35ミリを6ミリ幅に切って利用。そして、何         よりも一番難しかったのは、5ミリの電球だった。職人が何度も改良を繰り返し、ようやく完成し         た。
         敗戦間もない日本で、斬新な発想と、何にでも挑戦しようとする町工場との連携を武器に、世界が         称賛する「胃カメラ」を完成させた男たちの熱気を伝える。
                  DATA  デッキ・・・・・  SONY      SL−D200
                                                            EV−PR2                                                              テープ・・・・・  TDK        MP120
                            放  送・・・・・  平成14年  5月28日  NHK(A)
                             6月 4日    (B)
                            録  画・・・・・  放送日に同じ
                            ダビング・・・・  放送日に準ずる